状況の人、異世界で無敵勇者(ゲームチェンジャー)を目指す!

@308WIN

状況の人、異世界に転移する

第1話 状況の人、女神さまと会う1

 その日、東雲しののめ龍海たつみは異世界転移・転生術師の大家たいかである暴走トラックに跳ね飛ばされて32歳の人生にピリオドを打った。

 彼自身、何度もファンタジーラノベやコミックで見たお馴染みの情景が、マジで自分にもやってきてしまった。

 それは正に絵に描いたようなテンプレ的状況だった。

 車道に迷い出た白と黒のブチ猫。

 それを「あぶない!」とばかりに飛び出して猫を救い上げた女子高生。

 ――ヤバい!

 龍海もまた、飛び出してしまった。考えるより早く体が勝手に動いてしまったのは高卒後、4年ほど陸上自衛隊に在籍していた間の訓練のせいだろうか?

 女子高生を突き飛ばした直後、トラックと激突する瞬間の全身に焼けるような痛み・衝撃を受けながら最後に彼の目に入ったのは、トラックから逃れて対向車線に倒れ込む女子高生の姿だった。

 間に合ったか――猫と女子高生の無事を見届けたその後、目を閉じた龍海の脳裏には過去の記憶が走馬灯のように駆け巡り、次いで暖かくも心地よい、安らかな闇の中に自身がとろけていく感覚に覆われていった。

 ――これが死かぁ……

 まだ平均寿命の折り返しにも届かない年齢で、いまだ女を知らない童貞であった事すら無念でも未練でも無く、只々、

――現世の全てから解放されるんだ……

と、突然やってきた「死」に対して龍海は意外なほど――心の底から意外なほどに、それこそ口元に笑みが浮かびそうなくらいの安ど感に包まれていた。



 龍海の親は小さいながらも鉄工所を営んでおり、彼に自分たちの家業を継いでもらいたがっていた。

 龍海もそれはやぶさかでは無かったが、中学あたりから拗らせ始めた趣味がモデルガン・エアガン収集であった事もあり、2任期約4年間、自衛隊に行かせてもらう事を条件にそれを承諾した。

 自衛隊での配属先は希望通りの武器科。

 後方支援連隊の整備隊で自分の趣味とは裏腹に車両整備に携わっていた。装輪車輌全般と一部装軌車輌の整備・修理が主だった仕事だった。

 自衛隊内の生活は趣味性もあって肌に合っていたので苦痛に感じることは少なく、このまま定年まで続けてもいいとさえ思ったが、約束は約束。4年の任期を終えて満期除隊した龍海は親の町工場に入る。

 しかし数年後に起こったサブプライム破綻に端を発する世界的大不況の波が工場を直撃し、今まで自社が得意とする重電設備製造が中心だった取引先企業が、半導体設備などへの業種転換が相次いで、龍海の工場は対応しきれず立ち行かなくなってしまった。

 それからさして間を置かず、やがて鉄工所は倒産した。

 工場と自宅を手放すことで負債は処理され、借金を引き摺る事は無かったが住むところは失った。

 幼少の頃より姉を溺愛し、龍海の事は二の次三の次にする事が多かった両親は紆余曲折を経て取り敢えず姉夫婦と同居することになり、自分は顔見知りの鉄工所に招かれて就職し、現在はアパートで一人暮らしをしていた。

 自衛隊で蓄えた貯金や退職金はそのまま貯蓄・運用していたので経済的な不安はなく、現在の仕事も給料はそれほど良い訳では無かったが、よくあるブラックではなく1~2時間の残業が週1回か2回程度で、年に1度くらいの頻度でグアムに赴いての実弾射撃を堪能する事くらいは出来ていた。


                 ♦

 

「とまあ、こんな感じで間違いありませんね? 東雲龍海さん?」

「はあ、まあ間違いは無いですけど……俺の人生振り返るって、これ要ります? 元の世界に生き還れない以上、過去の事を掘り返したって何か意味、有るんですか?」

「もちろん有りますよう。あなたの場合は転生ではなく転移しか手段はありませんから、これから異世界で生活していくのにも過去の経験を生かすべきですしね」

 あなたは成仏できない、転生も出来ない。魔法のある世界へ転移してもらうしかない。

 意識を取り戻した龍海が、暗いような明るいような妙な空間内で目の前の「女神」と自称するボブヘアの女性から最初に聞かされた説明は異世界への転移宣告だった。


 ここはいわゆる天界と言うところらしい。

 龍海としては、いくらファンタジー物の定番みたいなシチュエーションで落命したと言っても、マジで異世界転移なんてハメになるとは思ってもいなかった。

 いや、ほんのちょっとは「もしかして……」などと言う考えも過ってはいたが、すぐさま「まさかね~」と否定する思いが追いかけて来て、そんな妄想は打ち消していたのだが……。

 そんな思いも消えてしまい、闇にとろける感じで「このまま無になっていくんだな……」などと気持ち良く気が遠くなっていったところで、フッと意識が戻ったと自覚したらこれもんである。

「とにかくこのの不始末、管理不行き届きの責任は担当の私がきっちり取らせて頂きますから」

 真面目か。

 まあ責任感が強いと言う事は伝わるし、こんな死後の世界で意識保ったままのワケ分からん状態では、この目の前にいるお胸控えめな女神様とやらにすがるしか無いので真面目である方が良いのは言うまでもない。

「と言う事で、先ほどお話した通り、あなたを予定外の死に追いやってしまったこと、重ねてお詫び申し上げます。この猫の任務は下界の歪みの監視に有ったわけですが何がどう不調を起こしたのか詳しい検査を待たなければなりませんが、結果としてあなたを巻き込んでしまいまして……」

「まあ自分は猫派ですんで、無事だったのは喜んでますけどね」

「にゃぁあおぉ」

 龍海の意を酌んだのかは不明だが、件の猫は女神の膝の上でタイミングよく返事をした。ぴょこんと膝から降りて、いずこかへ歩いて行く。

「恐れ入ります。さて、これからの東雲さんの処遇ですが……」

「魔法のある世界に転移、でしたね?」

「はい。肉体の多くが破損した上、当然のことですが火葬も済んでしまっておりますので、魔法世界の魔素マナを使って体を再生――と言うか再現するしか無いもので。予定の無い死は成仏も転生も出来ないのが天界の現状なんですよ」

「そんな縛りがあるんですか? ポックリ逝ってそのまんま適当に生まれ変わるか消滅するものと思ってましたわ」

「言うほど簡単じゃないんですよぉ。死んでいく者、生まれて来る者、その世界や他の世界間でバランスを取りながらでないと歪みが発生しちゃうんです。あなたの死は予定外だったため、欠落した魂の席に他の世界で亡くなった方がそちらへ転生されてしまいまして地球の方はバランスが取れたのですが……」

「もしや俺の転移先って……」

「はい、その方が亡くなった世界です。それで双方の魂量の天秤が釣り合います」

「よくわからないけど……例えば俺がこの転移を拒否したら?」

「魂が天界ここで、ずーっと彷徨う事になります。実際は永遠にではなく、じわじわと擦り減って魔素になっていきますが……食の楽しみも肉の喜びも無く、魂が擦り減るのをただひたすら待つ訳ですからどんどん虚しくなり、それほど時を経ずして……」

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