第48話 髪は長い友達
「お邪魔しますっ。」
娘を部屋に入れてスマホを確認する。
思いがけないところで音がなっては危機を招きかねないということで、取り壊し物件に乗り込む前にスマホの通知を切っていたのを忘れていたのだ。
娘から何度もメッセージが送られてきていた。
「SNSとかでダンジョンのこと見た」
「昨日のアレ、これのことだったんだね」
「お父さんは大丈夫なの?」
「大丈夫ならちゃんと返事して」
「既読にすらならないってどういうことよ」
「ニュースでもずっとダンジョン関連やってる」
「おーい、可愛い娘が心配してますよー」
「何かあったの?」
この後も延々とメッセージが続く。
「心配かけたみたいですまなかったね。ええと、何から話そうか。」
「なんでお父さんの部屋が変わってるの。そしてあの女は何。」
部屋が変わった経緯から伴さんのことまでだと話してないことほぼ全部になりそうだね。
朝食の支度をしながら順番に説明していく。
私の病気のことだけは伏せて他は嘘偽りのないように。
娘を部屋に入れる時にさり気なく病気と関係あるような目ぼしい物は異次元収納に送ってあるので気付かれることはないと思う。
抗がん剤治療で一度は禿げ上がった頭もそのまま生えてこないかと思いきや、一年ちょっと経った今では元通りの状態なので、そこから気付かれることもないだろう。
ドラマや映画、ドキュメンタリーなどでがん患者が髪が抜けるのが当たり前のように感じていたが、その理由については抗がん剤の影響だろうというだけで深くは知らなかった。
主に抗がん剤の副作用に原因があるのはその通りのようだが、治療に使う際に説明を聞いたことで理解した。
簡単に言うとがん細胞は成長が早いため身体をどんどん浸食していくのだが、抗がん剤はその成長速度の早い細胞を攻撃して破壊するように作られているのでがん細胞と認識して攻撃しているのではないということだ。
髪の毛根は髪を伸ばすため頑張っている成長著しい細胞のひとつなので、その流れ弾を喰らって敢え無く髪が抜け落ちてしまうということなんだとか。
そんなわけで、私の場合は頭髪を始め、まつ毛にひげ、わき毛にすね毛に陰毛などが抜け落ちたのでした。
髪の毛とひげは九割九分抜け落ちたけど、まつ毛、すね毛、わき毛、陰毛は半分位で済みました。
毛の中で眉毛だけは大して抜けなかったのは他の毛に比べて成長速度が小さかったということなのだろう。
ひげはしばらく生えてくることもなく髭剃りの手間が減ったのは喜ばしいことではあったけど、やはり頭髪は少し淋しさを覚えたものでした。
女性にとって美の象徴でもある美しい髪を失うことは私以上にショックなことなのだろうと改めて思い知ることとなりました。
ダンジョンのことに話が差し掛かったところでふと気づく。
娘が侵入者として認識されなかったとは言え、今の扱いってどうなっているんだろう、と。
前に娘に忠告したように眷属ではない普通の人がダンジョンに踏み込んだら危険だと思っていたのだから。
「お父さんが集合住宅に近づくなって送ってきたのは忘れてないけど、政府から安全基準みたいなのも発表されてるわよ。」
発表されている安全基準は次のようなものらしい。
一つ、共用部などの明かりが消えていないこと
一つ、専有部の明かりが不必要に点いていないこと
一つ、犬猫などの生物が敷地内を通過できていること
ほほう。
最初の二つは私たちが提供した情報を元にしているんだろうけど三つ目がちゃんと独自視点の物が入っていてとてもいいじゃないか。
ちゃんと仕事をしてる人がいるようで頼もしい限りだ。
朝食を食べ終わる頃に一通り説明し終わるととりあえず納得はしてくれたようだ。
「ふーん、だいたい判ったわ。あの女はママって呼ばなくていいことも。だけど、私がステータスとやらが見えているのはどういうことなのかしら。」
「はい?」
「多田さーん、おはようございまーす。昨日の夜は三人目も仕込んでくれたみたいでありがとうございます。大事に育てますね。ってまた若い女を連れ込んでるっ!?」
「また別の女が…しかも三人目って…どういうことなのかしら。」
「はい?」
余計な波乱の展開を回収もせず、ここで一旦物語の舞台は西の地へと移る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます