ひだまりとこねこ

ユキ丸

……今日もぼくとねこは、

 ねえ、BNTってなんだか知ってる? BNTエクセレント03。えっ、知らないの? 本当に知らないの? なあんだ知らないんだ。やっぱり知らないんだ。バットマンとねずみ男の闘いだって? 違うな。帽子にくっついた野イチゴ食べたうさぎ? それも違うな。ぼんくらな盗人が盗りそこなったチョコレート? ううん、それも全然違ってる。ぼくとなおとのツーショット? なんだよそれ、違ってるよ。ボンドで粘土をつねった? 違うねえ、全然違うねえ。バーボン飲みすぎてタクシー? いつからそんなオヤジになったん、全然違うや。ベリーベリーナチュラルトマト? うん、うまそうだけど、違うよね。


 じゃあさ、ねこになんとかって云うことわざがあるけど知ってる? そりゃ知ってるよ。じゃあなんだ? ねこにひだまり。ああ、違うよ、全然違う。


 ぼくは古本屋の店先にいた黒いこねこを、ほんやと云ってひだまりに投げたとこ。そうしたら、黒いこねこは、そのままぴちゃってひだまりにくっついて、まあるくなったんだ。ぼくは黒いこねこの目を覗き込んだ。その瞳はダイヤモンドみたいにきらきらと輝いていて、大きくて透き通っていて、吸い込まれそうだった。体はほんとうに頼りないくらい華奢で、弱っちくて、頼りなげだった。黒くて長い毛が震える綿毛のようにふわふわしていたけれど、ほんとうの体は、ぼくの使っている細いシャープペンくらいしかなさそうなか弱さだった。


 なんだかぬいぐるみみたいだね。そう云ったのは、ぼくのお友だちの木星くん。あったかいなー、こねこって。木星くんは乱暴に黒いこねこのうえに両手を被せた。こねこがぴくっとして手を引っ込める。ダメだよ乱暴しちゃ。ぼくが云うと、木星くんも素直に手を引っ込める。こねこはようやく自由になって、震えながらまた手をちょっと覗かせる。ぼくが人差し指で目と目の間を撫でてやると、目をパンツのゴムみたいに細くして、気持ちよさそうにしている。ねえ、木星くん、


「あのさ、今朝さ、ぼく木星くんにおはようって云わなかったよね」

「ん、そうだったかなあ」

「そうだよ。ぼく云わなかった。ごめんね」

「なんで謝るの」

「なんとなく、悪かったかなって」

「キモイ」

「そう? キモイかな」

「キモイ、キモイ」


 でも、木星くんはぼくのこと嫌いじゃないみたいなんだ。ぼくには分かる。ぼくはほんのちょっと神経質なだけなんだ。あんまりよくないことは知っている。もっと大きく構えなきゃいけないんだって。スクール・カウンセラーのお兄さんが云っていた。木星くんにはいっぱいお友だちがいるけど、ぼくには木星くんしかお友だちがいない。でも、お父さんとお母さんはそんなことは知らないんだ。ぼくはたまに、みんなが出来ていることが、ぼくだけ出来ないときがあるのに気がつくことがある。ぼくにとっては全然、通常運転だけどね。木星くんの良いところは、ぼくを特別扱いしないところ。ぼくにはっきりと云ってくれるのが、ぼくは全然嫌じゃない。


 中学受験をする子たちは、放課後、家庭教や塾があるって云うんだ。でも、ぼくは家庭教師も塾も、学童も行かないし、こうしていつも古本屋に来て、遊んでいるだけ。ぼくは全然不安じゃない。不安じゃないって云ったらうそになるかも知れないけれど、みんなとおんなじことが出来ないのは、今だけのことだからってお母さんに云われたんだ。ぼくはあんまり意味が分からなかったけど、お母さんは目を細めて笑ってた。でもぼくは知ってるんだ。夕焼けの見える窓際で、お母さんがひとりで涙ぐんでいたこと。ぼくはぼくのことでお母さんが涙ぐんでいるんじゃないかと思ったけど、怖くて聞けなかった。


 ぼくは古本屋のお兄さんが好き。それは、古いって名前についているけど、全然古くなくって、意味が分からないけどいろんなきれいな本が並んでいて、黒いこねことひだまりがあるから。ぼくはこのひだまりが好きだから、お兄さんのことが好きなのかも知れない。お兄さんは、いつも三時になると、ねこのおやつと一緒にぼくにもおやつをくれる。たぶんお兄さんにとっては、ねこのついでなんだと思う。だからたいてい、カニカマかなんかだ。ぼくは、人間でいるよりもねこになりたいと思う。ほんとうに。学校なんて面白くない。


 今日、学校帰りにいつもの古本屋さんへやって来ると、ひだまりはあるのにこねこがいなかった。ぼくは仕方ないから、木星くんへのお手紙を書いていた。三時になってお兄さんがどらやきを持ってきてくれた。なにも云わなかったけど、なんかいつもと違っていた。


(おわり)

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