第6話許嫁は不人気ヒロイン?
教室に辿り着いたらすでに授業は始まっていたが、途中入室を許された俺はコソコソと席に着く。
いやー、ははは。すみませんねー。なんて周りの生徒たちに頭を下げながら自分の席へ向かう。
「あらバルス様、ようやく来ましたの? 遅刻は感心しませんわね」
隣の席に座っていた女の子が小声で話しかけてくる。
銀髪の髪を縦ロールに並べ、ごく普通の制服に細々とした細工をあしらえ、華美に着こなしている。
この派手な顔面には見覚えがあるぞ。確か、えーっと……
「……ローズ?」
「やれやれ全く、婚約者の名前を忘れるなんて相変わらず大した記憶力ですこと」
呆れたように嘆息を吐き、冷たい視線を向けてくる彼女の名はローズ=ガルシア。
ローズは名門ガルシア家の次女であり、バルスの生家であるイゴマール家よりも家格は随分上だ。
本来ならはっきり格下であるバルスが次女とはいえローズの婚約者になれるはずがない。
ゲームで理由は明らかにされてなかったはずだが、多分イゴマール家が汚い手を使って婚約するよう仕込んだのだろう。
「何をボケッとしてらっしゃるの? 少々弛んでいるんじゃありませんこと?」
「いや、デュエルを挑まれてさ……やむにやまれぬというか……」
「言い訳なんて男らしくないですわね」
キッパリと言い切られ、俺は言葉を失う。
や、やっぱり嫌われている……?
ゲーム内でローズはバルスにとことん冷たく当たり続け、最後にはこっぴどく振ってしまう。
……いや、これに関してはセクハラしようとしたり、金をせびったり、挙げ句の果てには他の女の子に手を出そうとしていたバルスが一方的に悪いんだけどね。
ちなみにローズはこのゲームのヒロインの一人なのだが、その中でもぶっちぎりの不人気ヒロインで人気投票では三十人中二十五位だ。
正直俺はスキップ気味でプレイしていたので理由はわからないが、やはり彼女のキツい性格が要因なのだろう。
なんというか、向かい合っているだけでピリピリとした緊張感を覚えるほどだ。
美人の怒った顔は怖いと言うが、親しみや好感とは真逆の冷たく威圧感のキャラである。これは不人気でも仕方あるまい。
まぁそれは置いといて……さて、俺は彼女に対しどう振る舞うべきだろうか。
確かバルスが没落する最初のキッカケは彼女に乱暴を働こうとしたのを主人公に見つかって断罪、学園を追放されるというものだったはず。
それからガルシア家からの報復活動が始まり、バルスは徐々に追い込まれていくのだ。最後は直接ローズからも詰められ、断罪されてしまう……彼女と接触するのは危険かもな。
社畜時代に俺のことを嫌っている女子社員と仕事中に偶然触れただけなのにセクハラ扱いされたことがあった。
後で上司に何度も説明してようやく誤解は解けたが、その間ずっと周りの皆から冷たい視線を浴びせられたものだ。……思い出しただけでも寒気がしてきたぞ。
今のご時世、自分のことを嫌っているであろう女性に近づくのはあまりに危険なのだ。
君子危うきになんとやら、やはりここは接触を控えるべきだろう……なんて考えていた時である。
「何をお喋りをしているのですか!? ローズさんっ! 私が今言ったこと聞いていたの!? 問題に答えてみなさい!」
先生が怒りに声を上げる。
そういえば何か話していた気がする。ローズはちゃんと話を聞いていたのだろうか。
心配そうに彼女を見る俺に、ローズは薄く微笑んで返し立ち上がる。
「はい」
突然訪れたピンチにも関わらず、ローズは凛とした声で話し始める。
「デッキ構築において、カードを入れる際にはそれぞれのカードとのシナジーを考えねばなりません。例えばモンスターカードを戦士系で揃えている場合にはアーティファクトカードでの強化が有効となります。種族カードで固めるメリットは種族の王などの結束能力を上げる者を筆頭に、チームを組むことで効果が上がるバンドアタック(あるいはブロック)、縛りによるカード効果向上など、様々な利点があります。もちろんデメリットとしてはカード単体のパワーが下がったり、対応力のなさなどが挙げられ……」
淡々と答え続けるローズ。
おおっ、俺に説教しながらもちゃんと話を聞いていたのか。
しばし聞いていた後、先生はぐうの音も出ないといった顔でそれを遮った。
「……もういいです。聞いていたのなら問題ありません。ですが授業は真面目に聞くように」
「はい、すみませんでした」
スカートの裾を折り込んで座るその麗美な仕草に、おおー、と歓声が上がった。
「流石はイゴマール家始まって以来の才女と言われるローズさん。頭いいよなぁ」
「先生もわかってるんだから当てなきゃいいのに。……ダッサ」
「気に入らないんだよきっと。ローズさん結構勝気だから、生意気な態度をしょっちゅう取ってるもんね」
「でもそれが素敵っ!」
口々にローズを褒める声が聞こえてくる。彼女、プレイヤー人気はないが生徒人気はあるようだ。
まぁあれだけの美人だし、難しい問題をあっさり答えるんだから俺から見てもカッコいいもんな。
……本当、なんであんな子がバルスの許嫁になっているのか不思議である。
怒りのぶつけどころを失った先生は、ぐぬぬと悔しそうに歯噛みしながら教科書を閉じた。
「ローズさんが良く語ってくれましたし、皆さんも聞いてばかりで疲れたでしょう。今日の座学はこの辺にして実試といきましょうか。……ではもう一人のお喋りさん、前へ。……あなたです、バルス君。ボケーっとしない!」
「えっ!? お、俺ですかぁっ!?」
「他に誰がいるのですか?」
いやいや、俺はローズに話しかけられて仕方なく答えていただけであって、喋りたくて喋っていたわけじゃないんだが。
助けを求めるように周囲を見渡すが、助け舟を出そうという人は皆無。
「ププっ、狼狽えてるよあいつ。ダッサ」
「あんな奴がローズさんと許嫁とかありえないし。恥をかいちまえ!」
「むしろ死ね! ローズさんもあんなやつ見限ればいいんだ!」
き、嫌われてるなぁ、バルスってば。
よく聞こえないがめちゃめちゃ悪口言われている気がする。
たじろぐ俺のすぐ横で、くすくすと笑う声が聞こえてくる。
「ふふっ、頑張って下さいまし。バルス様♪」
「いてっ!?」
小悪魔的な笑みを浮かべ、俺の尻を叩くローズ。
くっ、誰のせいでこうなったと思っているんだよ。とんでもないドSだ。そんなんだから不人気になるんだぞ。俺も人のこと言えないけれども!
……ま、なるようになるしかないか。ため息を吐きながら俺は教壇へ向かうのだった。
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