十二羽 下僕?絶対美のアブソリュート・アンジェリカ
「──あーらみなさん、お揃いで。ご苦労なことね!」
「げ」『?』
ティモテのあまりの破壊力に、午前中をぼけーっと過ごしてしまったカルナシオン。
ひとまず掃除と洗濯をさせるためにアルクァイトを呼び、質のいいチモシーを用意させるべくテリネヴを呼ぶ。
うさぎさんのおかげで下僕を呼ぶ頻度が増え、何だか賑やかになってきたカルナシオン宅。
そこへいきなり勝手に入ってきたのは、時折呼ばれてもいないのにここを訪れる奇特な魔族だった。
「何しに来た」
「あら、ごきげんよう。ヴォルカニック・アンダーソン改……だったかしら?」
わざとらしく鼻を鳴らしてアルクァイトを見上げる妖艶な女性。
ふんわりとした青の長い髪は腰まで届き、額には見る角度により色が変わる、まるで虹色のように輝く宝石のついたサークレット。
透き通るような白い肌に映える、氷の結晶を思わせるような独特な瞳の模様は彼女そのものを表しているかのようだ。
腕輪や指輪の煌びやかな装飾品に、露になった肩や太もも。菱形に切り取られ、やや肌を覗かせる胸元。服装だけを見れば占い師や踊り子のようで、とても魔族とは思えないのだが。
「うるさいぞ、アブソリュート・アンジェリカ」
「キャーー!? その名前で呼ばないでよね!?」
いや、実際に一つ一つは素晴らしい名だ。
言いたいことも何となく伝わるし、『変』と言い切るほどにはおかしくない。
名で人を判断するのも良くないことだ。
ただ、なぜそこを組み合わせたのかと。
よりにもよって、なぜそれをと。そう問いたくなる。
カルナシオンのネーミングセンスは、絶妙に微妙。
うさぎさんの世界の言葉を借りるなら、『ジワる』名だ。
『あちらのかたも、げぼくさんでしか?』
「いや。私はあれを下僕にした覚えはない」
「あーら! だぁれが押し掛け妻ですってぇ?」
「言ってないぞ」
ただでさえ、彼女につき纏われうっとおしく思っているカルナシオン。
うさぎさんを観察している時に来られれば、更に機嫌も損ねるというものだ。
『
かつて、魔王の元に集ったという魔族十二侯の一人にして第六層。
層、というのは簡単にいえば序列のこと。
多段からなるケーキを思い浮かべて欲しい。
建物もそうだが、下を支える層は大きく、上にいくほど小さい。
もし魔王へと至る塔があれば、その順番で配されただろうという指標。
ミララクラであれば、上に立てるのは五人と魔王のみという強さだ。
ただ、魔族とは強さが最も重要であるものの、とかく変わり者が多い。
彼らには序列に応じて割り当てられる、それぞれ治めるべき部下が与えられた。
下層が最も多く、一層にはいない。
まとめあげるという意味においては、下々の者を幅広い視点で見ることが出来るということで、あえて下層に配される者もおり一概には言えない。
具体的には第一から第三層までは完全な実力&個人主義。
四、五層はいわゆる上下間の調整役で、六層から十二層の実力は
とにかく、うさぎさんからして『ヤバい』人物だ。
実際のところ彼女自身はその身分を詳しくカルナシオンに明かしてはいないのだが、実力のある魔族というのはバレている。
そんな彼女がなぜカルナシオン宅へと押し掛けるのか。
「うるさいのが来た……」
「くくく」
「カルナ、竜化の許可をくれ。今度こそ
「ダメだぞ」
彼女が歓迎されている様子は一切ないというのに。
「ん?」
『?』
ミララクラは気付いた。
のびーっと体を伸ばして、足をびろーんと横に投げ出し、お腹を床にぺたんとくっつけている生物に。
「なっ、なによそれ?」
「うさぎさんだ」
「うさぎ……?」
「カルナさんの従魔」
「っ、ぬぅわんですってえええええぇ──!!??」
「うっさいなぁ……」
彼女の
その怒りにはわけがある。
「ちょ、ちょっと! わたくしを差し置いて、なんでそんな弱そうなのを側に置いてるのよ!?」
「今まさに、この場でその理由が示されているだろう」
カルナシオンはわざとらしく両手で耳を塞ぐ。
「うさぎさんを見ろ。私に癒ししか与えないではないか」
『んみ?』
「はああああぁ?」
ツカツカと高さのあるヒールを鳴らし、うさぎさんの傍までやってくる。
うさぎさんはちょっとだけびっくりすると、お耳が一瞬真横にぴんっと張った。
「……」
『……みぇ』
うさぎさんは何も言えない。
大声でよく分からないことを話す『アブソリュート・アンジェリカ』。
どうやら嫌われているようだが、理由は分からない。
うさぎさんは床にくっつけていた体を元通りにすると、震えながら丸まって次の言葉を待った。
「……ま、まあ。か……可愛い……んじゃない?」
「だろう?」
「おー。ミラが認めた」
「ふんっ、けどダメね」
『……?』
可愛いとは言ってもらえた。だが、ダメらしい。
うさぎさんは更に震えた。
あまりの恐怖に震えすぎて、そろそろ足も限界のようだ。
「わたくし、美しいものじゃないとピンとこな──」
『ふぅ、でし』
うさぎさんの興味の対象は即座に移った。
怖いお姉さんから、疲れた足へ。
すっかりお姉さんのことも忘れて足を横に崩すと、ピーンとその両足を揃えて伸ばした。
まるで、魂の込められた舞。その一瞬を切り取ったかのよう。
指先から足先まで、細部に神秘的な何かが宿っているかのような。
そんな美しい張りのある足だった。
「!? ──なっ、なんてっ」
『?』
──美しい足
ミララクラはその光景に息をのんだ。
「馬鹿だな、ミラ」
「!?」
カルナシオンは
「お前の
「──っ!!」
「あんたらバカですかー?」
余談ではあるが、このミララクラ。
アルクァイトと共にカルナシオンにボコされた魔族。ドワーフに迷惑を掛けた罰として、現在はその能力を生かし人間の街を点々としながら占い師をしている。
彼女の創り出す氷の結晶には、人の心や状態、過去や未来なんかが映し出されるという。
とりわけ一番強い思念を反映するので、大抵は本人が望んでいることを映し出す。
そして彼女が自分でそれを見る時には、いつ何時でも美しい自分の姿が映った。しかし、カルナシオンにボコされた時にだけ異変が起きる。
氷晶に、初めて絶望した自分の姿が映し出された。圧倒的な力の差の前に、『恐怖』『絶望』といった感情がミララクラの思う『美しい姿』を上回ったのだ。
ミララクラは感動した。
自分の絶望した顔とは、こんなにも美しいのかと。
そうして新たな自分を発見するに至った要因、カルナシオンを
どこかで聞いた話だ。
自分に自信を持つことは素晴らしい。
ただ、どこぞの竜のようにそれを押し通すあまり周りが見えなくなってしまっていたのなら──結果、絶妙に微妙な名を戴くのも仕方のないことだろう。
「まだまだだな、ミラ。修行が足りん」
修行というのは占いをしながら人間たちの愚痴を聞き、人の心を理解することである。
そうして多様性を学べということなのだろうが、うさぎさんとの因果関係は不明だ。
「くっ! ……仕方ないわね、従魔と認めてあげるわ」
『ほあー!』
「でも、それとこれとはべつ!! カルナシオン!」
「?」
うさぎさんへの理解を深めたミララクラ。
腕を組み、カルナシオンへと再び要求する。
「さあ、早く! わたくしのことも、──下僕になさい!!」
「「「帰れ」」」
一同の心が揃った瞬間であった。
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