五羽 S級薬師のペレットもはもは②


『みなさんは、じゅうま? ではないんでしか?』

「この人曰く、下僕らしいですねぇ」

『そ、そうなんでしか。いろいろあるんでしね』


 下僕とはつまり、うさぎさんのように召喚したわけではなく、カルナシオンが自らボコしたり、取引などで契約し従わせている相手だ。


「カルナさんは人間の間で『永劫えいごう』なんて二つ名で呼ばれていますが、その実下僕のほとんどは魔族や人間より強いと言われる種族です。一部界隈では『魔王』と呼ばれているとかなんとか。変な人ですよね」


 ややうさぎさんと距離をとりながら、テリネヴは淡々と解説する。


『ほあーー! ごしゅじんは、すごいでし?』

「凄すぎて偏屈へんくつだから、人間の友達がいないんですよねぇ」

「一言余計だ」


 ギルクライスの余計な一言は思いのほか効いたらしい。

 ごほん、と気まずそうに咳払いをすると、カルナシオンは改めて紹介した。


「あー、あれだ、テリー。こちらはうさぎさん。暇つぶしに従魔召喚したら、なぜか異世界から呼んでしまったようだ。戦闘能力はないらしい。名を決めるまではうさぎさんと呼んであげてくれ」

「へー、この子うさぎなんだ? よろしく、テリーって呼んで」

『よ、よろしくおねがいしますでしっ』

「んで、うさぎさん。テリーはご覧のとおり森の住人で、植物に精通している。魔族にしては珍しく、薬師として人間の間でも好意的に名が広まっているんだ。調合に関してテリーの横に並ぶ者はいまい」

「大げさ~」


 称賛には大して興味もない様子でテリネヴは言った。


「てか、名前決めてから呼んだら?」

「いや、こんなに愛らしい者が来るとは思わなくてな。元々考えてはいたんだが……」

「『ヴォルカニック・アンダーソン改』、ですって。ププー! いやはや、あたしの名が元よりあって、よかったよかった」

「……、えーっと……」


 擁護ようごできない、とでも言いたげにテリネヴは言い淀む。


「三号も怒りはしたが、最終的には受け入れようとしたぞ」

「あの人はまた特殊だから……」


 下僕の中でもかなり特殊な人物を思い浮かべ、テリネヴはげんなりとした。


「で、ボクになにか?」

「ああ、実は──」


 カルナシオンは先ほどうさぎさんと話したことを、再度テリネヴに説明する。


「……へぇ、ペレット」


 テリネヴは、話を聞く限り確かに下僕の中でも自分が受け持つ領域だと召喚に納得した。


『ご、ごめいわくでしたら……』

「いや、いいよ。植物とカワイイものに関すること以外は、ダルくてムリだけど」

「テリーは省エネ種族なんだ」


 その姿が物語るように、森人ドリアスは様々な植物──草、樹木、花の特徴を持つ種族。

 特に『花』を持つテリネヴは、普段その力を大切な部分に蓄え必要な時に応じて解放する。

 ゆえに、興味のあること以外には非常に腰が重く、陽の光のもとボーっとしていることが多い。いや、本人の気質も大いにあるのだが。


「ちょっとやってみる」

「頼んだ」


 言うと、テリネヴは勝手知ったるかのようにカルナシオンの家を歩き回り、必要な器具を集めて一室に閉じこもった。


『ほあー』

「全て任せておけば問題ないだろう」

「いやぁ、主どのはたいっへん優秀な下僕をお持ちで……」

「そう思うならお前も役に立て」

「ああ! ひどい! あたしはこんなにも働き者だというのに……!」

「……はあ」


 カルナシオンが働き者……もとい、賑やか紳士のギルクライスを最も呼び出す『下僕一号』に任命しているのには訳がある。見張っていなければならない、危険人物なのだ。


「そう思うのなら、テリーを手伝ってこい」

「イヤですよぉ! 邪魔をしたら怒られるじゃないですか~」

「邪魔をするからだろう……」


 飄々ひょうひょうとした態度。掴みどころのない人物像。隠された右目。

 相手が膨大な魔力を有するカルナシオンでなければ、その姿はまったく別者に映っているやもしれないのだ。



 ◆



「はい」

『ほあーーーー!!??』


 出来上がったものを、テリネヴはカルナシオンの後ろに隠れつつ枝のような五指ごしを伸ばしてうさぎさんへと見せてあげた。


「どう? 話聞いた感じで作ってみたけど」

『でしでし! これでしーーーー!!』


 うさぎさんは特に助走もつけず、嬉しさのあまりその場で自分の三倍ほどの高さまでぴょいーんとジャンプした。


「……ッ」

「?」

「くくく」


 カルナシオンは崩れ落ちそうになる膝を鼓舞こぶする。

 崩れるな、己の役目を思い出せ。

 弱みを見せれば、あそこで笑っている魔の者に何をされるか分かったものではない。


 なんとか力を取り戻した膝に安堵あんどしつつ、カルナシオンはペレットがいくつも入った器を持ってきた。


「はい、うさぎさん」

『ほあ~~~~』


 うさぎさんは意外と表情豊か。

 ほあーっと同じ言葉を発しても、驚きなのか、喜びなのか。

 カルナシオンには一目で分かるほど、今は喜びに満ち溢れていた。


「体小さいし、食べすぎよくないから。おかわりはダメだよ」

『はいでし~!!』


 うさぎさんは飛びついた。

 器に用意されたのは、元いた世界でもよく見た緑色の固形物。

 うさぎさん用のペレットには固さによってハード、ソフト、中間であるブルームタイプとある。

 テリネヴが用意したものは、まさにブルームタイプであった。


 さくさくさくさく。

 サクサクサクサク。


 固すぎず、しかし咀嚼そしゃくもきちんとできる。

 うさぎさんにとって、ちょうどよい固さであった。


千剣草せんけんそうで固さも加えつつ、柔らかい草も混ぜてみたけど」

「さすがだな、助かった」

「……べつに、カルナさんのためじゃないし」

「キャー! 主どの、聞きました? 『べつに、カルナさんのためじゃないし』……ですって! 素直じゃないですねぇ!」

「うっさいなぁ……」


 茶化すようにギルクライスが言うと、テリネヴはうんざりとした。


「うさぎさんはカワイイけど、ギルがうっさいから帰ろ……」

「ああ、ひどい!」

「ありがとな、テリー。また呼ぶ」

「はいはい。次は調合してない時に呼んで」


 カルナシオンが手をかざすと、召喚した際の魔法陣が再びテリネヴの足元へと展開され、元居た場所へと彼を届けた。


「おいしいか?」


 未だ、もももももも、と口を動かして一心不乱にペレットを食すうさぎさん。

 どうやらお食事はうさぎさんにとって最も神聖な行為のようだ。


『はいでし!!』


 うさぎさんはすっかりご満悦の様子。


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