二羽 その羽毛、うさぎさんの寝床につき
『ミエ……』
「ふむ。どうすれば仲良くなれるものか」
カルナシオンは悩んだ。
下僕を除けば従魔と過ごしたことのない人生。
人も訪ねてこないような辺境の森の中。
一人寂しく……もとい、一人優雅に過ごしていた。
退屈しのぎに召喚でもしてみるかとうさぎさんを呼び出したものの。従魔どころか、人との付き合い方もよく分からない。
人間の街に住んでいた頃は『
その名が永遠に語り継がれるに違いないと称される、最高の魔導師。
当然の如く務めた王宮では、取り入る者、称賛する者も多くいたが、とりわけ立場が上の者にはその座を脅かす厄介者に映ったようだ。
クビになった理由は幾つかあるのだろう。
本人が何となく思い当たる理由の一つは、ある時彼が居なければ成しえなかった成果に上司が
圧倒的な力を有するカルナシオンにとって、『普通』を理解することは少々難しかった。
あまりに実直。天才、ゆえに変人。それが人間の街にいた頃の、彼への評価だ。
至上最年少の十六歳でその任に就き、至上最速の二か月でクビ。
しかし、カルナシオンはクビになってせいせいしたとでも言うように、名残惜しむ間もないほど早々に王都を出奔。
二年ほど旅をした後、縁あってここに居ついた。
そんな彼に、異世界からやってきた無力なうさぎさんと仲良くなる術など分かるはずもなく。
いったいどうすれば、この愛らしい生物と仲良くなれるというのか。
カルナシオンは悩みに悩んだ。
「……はっ」
悩んだ末、思った。
まずは寝床。それから食事。これらが肝心なのではないだろうか。
従魔だろうがペットだろうが人間だろうが関係ない。
安心して過ごせる場所。衣食住の住。
最優先で確保したくなることといえば、これだろう。
カルナシオンは早速うさぎさんに訊ねた。
「名はあとで聞くとして……、要望はあるか?」
『ようぼう、でしか?』
幾分か落ち着いたうさぎさんは、耳元を押さえていた前足をようやく地面へと置き戸惑いながらもカルナシオンの話に耳を傾けた。
「ああ。私はおまえに危害を加えるつもりはない。言って納得できるとは思わないが、そう怯えなくていい。つまり、その……なんだ。歓迎している」
『……』
うさぎさんは元いた世界の人間とやや風貌は異なるものの、
なにせ、ペットショップではあれだけ可愛いと褒めちぎられ、少しの間ではあるが間違いなく愛情も注がれた。山中に捨て置かれたのは、その末のことだった。
「例えばだが、寝床はどのようなものがいいのだ?」
『ねどこ……?』
「ああ。寝る場所だ」
うさぎさんは
『うさぎさんは、おんどのへんかによわいでし』
「ほう……! なるほど」
膨大な魔法の知識を有するカルナシオンにもたらされた新しい知識は、彼の好奇心を充分に刺激した。
そして本人が『うさぎ』と正体を明かしたので、カルナシオンのうさぎさんへの理解度がほんの少し増した。
『じつをいいますと、こちらはすこしさむいでし』
「──なにぃッ!? それを早く言わんか!!」
『ミエーーーー!?』
突然の大声に驚き、うさぎさんは元々ぺたんと垂れていた両耳を、再び前足で押さえた。
「あ、……すまない。怖がらせたか」
『みぇ……』
ちろりと黒い瞳だけをカルナシオンに向ける。
悪気はなさそうだ。
うさぎさんは何だか自分の方が申し訳なく思い始めた。
『……』
「しかし、寒いか。ふむ……居住スペースに問題はないが──」
カルナシオンが振り返る。
縁あってドワーフの精鋭たちによって築かれた魔導師の城は、一人暮らしにしてはあまりに広かった。
本人にその気はなかったのだが、偶然とはいえドワーフたちの危機を救ったが故のことなので、彼らも相当に気合いを入れたのだろう。
森の深部に住まうエルフ達に木材を始めとした建材を融通してもらい、驚くべき速さでこの家を築いた。
うさぎさんのスペースは充分にある。
外を駆けるように走り回ることも容易だ。
だが、本棚と本、魔道具ばかりが目に入る室内。
うさぎさんを包みこむような、暖かい寝床を築き上げるような素材はなかった。
「温度調整を魔法でするにしても、やはり寝床には布団がつきものだろう」
カルナシオンがうさぎさんを横目で見れば、人間の布団ではあまりにサイズが大きく思えた。
「──よし! 少し出掛けてくる」
『?』
「そう時間は掛からないだろうが、一人残すのもな……。そうだ!」
言うと、カルナシオンはまるで仕切りなおすかのように一つ咳払いをした。
すると床には魔法陣が浮かび上がる。
「【我が呼び声に応じよ────ギルクライス!】」
『なっ、なんでしかー!?』
一瞬で浮かび上がった魔法陣。
カルナシオンの真下と、次いでその目の前に。
つまりうさぎさんの目の前にも魔法陣が現れると、煌々と光を放った。かと思えば床から突然ぬっと飛び出してきたかのように一人の男が右手で帽子を押さえながら現れる。
「──ドォーモ、お呼びですかねぇ? 主どの」
どこか困ったかのように笑う
目尻の下がった眼は髪と同じく黒い瞳を宿す。
代わりに口元は大げさとも言えるほど端が吊り上がっていた。
右目を覆い隠すほどの長い前髪は波打ち、それ以外は短く切りそろえてある。
中折れのハットと、すらりとした体躯に妙にフィットする従者のような燕尾服。
一言でいえば、『得体の知れない男』のようにうさぎさんのつぶらな瞳には映った。
「おや?」
うさぎさんを視界に捉えると、愉しそうに笑う男。
「ずいぶんと、可愛らしいと言いますか……なんと言いますかねぇ。そう、
『みぇ……』
「何を言う。この愛らしさ、世に放たれれば国をも
『ミエーーーー!!??』
うさぎさんは焦った。
よもや、何の力も持たない自分がそんな評価を得ていることなど、夢にも思わなかったのだ。
「いや、あんた。意外と夢見がちですよね……。申し遅れました、あたしはギルクライス。人には『魔眼のギル』などと呼ばれておりますよ。どうぞギルと」
『ぎるさん、でしか。ごていねいに、どうもでし』
うさぎさんは帽子を胸元に抱いて優雅に挨拶をするギルに応えるべく、後ろ足で立つ姿──うたっちの状態で頭を下げた。かつて見た人間たちの礼に
「澄ました顔に
『まぞく、でしか?』
うさぎさんは聞き慣れない言葉に小首を傾げた。
「いやはや、こちとらもうあんたにシバかれるのは懲り懲りなんでねぇ。最近は大人しいもんですよ」
「自分で言うな、下僕一号」
「ああ! ひどいお方だ!」
芝居がかったように大仰に悲しむ様子を見せるギルクライス。
うさぎさんは何となく種族を意味しているのだと察する。カルナシオンのもたらした、不穏な情報とは対照的な二人の関係性を見るに、そう悪いことではないのだろうと判断した。
「ともかく、少しの間うさぎさんを見ていてくれ」
「何するんです?」
「なに。うさぎさんは寒いのが苦手らしい。ちょっとコカトリスに話をつけてくる」
「いやはや……ちょっと話をつける相手ではないんですけどねぇ」
『?』
「コカトリスという魔物に、羽毛を分けてもらおうと思ってな」
『??』
「まあ、見た方が早い。少し待っていろ」
カルナシオンは何でもないことのように言うと、
「行ってくる。留守を任せたぞ、ギル」
「仕方ありませんねぇ。任されましたとも」
白いローブの上から黒い
◆
『……』
「さあ、命が惜しくばその羽毛を分けたまえ」
「どこの小悪党ですかあんた……」
『ごほんにんきちゃったでしーー!?』
一時間が過ぎた頃。
涼しい顔で帰宅したカルナシオンに誘われ、うさぎさんとギルクライスは外へ出た。
ギルクライスが抱える編み
それも、顔は腫れあがり、ところどころの羽毛は焼け焦げている。
ボロボロの状態だ。
その表情は『不本意』、『不満』、『恐怖』、『諦め』さまざまなものが入り交ざり、最終的に虚無の顔となっていた。どこか遠い目をしている。
「コカトリス……、一応石化能力と凄まじい脚力、風魔法なんかを恐れられる、S級の魔物なんですけどねぇ」
『みぇ……』
うさぎさんにはこの世界の基準は分からない。
分からないが、巨大な人間より更に巨大な生物。
生物界の頂点なのでは? と思うほどのコカトリスとやらが、カルナシオンにボコされ大人しく羽毛をくちばしでむしって『コクァ……』と言いながら渡している。
──この人、恐らくヤバい
うさぎさんは、カルナシオンへの評価を改めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます