第36話 決勝戦②「力の差」
紗音が二戦目に選択したのは、右手に赤い大剣を握った人型ロボットであった。漆黒の鉄人はジャバウォッグに並ぶ紗音のメインキャラ『アルビオン』だ。
『今大会では一度も出していませんでしたが、ここでアルフィス選手の切り札が出てきました』
紗音がメインキャラを解禁したことで会場が湧き立つ。
「本気の僕と戦えずに引退は可哀想だからね。引退前の思い出作りに協力してあげるよ」
「悪いがまだ引退するつもりはない」
(紗音は本気で俺を潰す気のようだな。だが、アルビオンを倒せば流れを取れる)
試合が始まると同時にアルビオンが最初に仕掛ける。
大剣を構えてからの突きをギルスがかわすと、反撃される前にアルビオンも後退していた。
攻撃を食らっていないにも関わらず、ダッシュ攻撃後にアルビオンの体力ゲージが減少していた。
この体力減少はバグではなく、アルビオンの独自仕様だ。アルビオンはほとんどの攻撃に自傷ダメージがあり、攻撃をすればするほど体力が減っていく。
一見するとデメリットしかない自傷ダメージだが、アルビオンは残り体力が少ないほど攻撃力やスピードが上がっていく性能であった。
(マスター、相手の体力は勝手に削れるんだから、逃げれば自滅するんじゃない?)
(いや、逃げてるだけじゃあアルビオンは倒せない)
彁の指摘は間違ってはいないが、正解でもなかった。自傷ダメージでは体力はゼロにならず、体力がギリギリ残るのがゲーム上の仕様だからだ。
アルビオンは一気に攻めることはせず、大剣の先端を押しつけるように技を出し、ギルスを牽制していた。
(ギルスほどじゃないがリーチは長めで、スピードも遅くない。戦いにくい相手だ)
アルビオンは独自の仕様を除けばバランスのいい性能で、飛び道具やカウンター、崩しや牽制など必要な技も一通り揃っている。多くのプレイヤーに強キャラだと評価しているが、最大限まで強みを引き出すのが難しいキャラでもあった。
紗音はアルビオンという特殊なキャラの強さを十全に引き出していた。
(微妙に離れた位置にいるせいで、コンボ始動技を当てたとしても安い展開にしかならないな……)
アルビオンは常に有利な位置をキープしており、ギルスが反撃しようにもリスクリターンの合わない反撃しかできそうになかった。コンボの始動など攻めの起点になる技も機能しそうにない。
ギルスが戦いやすい位置に移ろうとすると、アルビオンは即座に阻止する。
紗音は勢い任せの戦いはせず、確実に相手の手を潰していく。じわじわと追い詰められていくギルスは、蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のようであった。
『アルフィス選手には一体何が見えているのか……アルビオンが立ち回りで完全にギルスを上回っています』
(……前々から思っていたが、紗音は相手の強みを潰す戦い方が本当に上手い)
相手は距離の取り方や技の振り方でペースを握っており、春雪は常に不利な状態での読み合いを強いられていた。
明らかに紗音が試合を支配していた。
(……攻めにしろ防御にしろ、紗音に動かされてるな)
春雪は試合の悪い流れを断ち切るために、互いの攻撃が届かない距離までギルスを後退させる。
「来ないんだ。だったら好きにさせてもらうけど」
ギルスの動きが止まると、アルビオンの身体が赤く光り出し、関節の節々から煙が噴き出す。
オーバーヒート。アルビオンの持つ必殺技の一つで、相手に攻撃するのではなく自らの体力を削るだけの技だ。
春雪が待ちや逃げを選択すれば、紗音はオーバーヒートでアルビオンを強化するつもりであった。
(まあ……そう来るよな)
オーバーヒートのことは春雪も頭に入っている。このまま様子見して、あえてアルビオンを強化させる選択肢もある。強化の代償で敵の体力が少なくなれば、少ない攻撃回数で敵を倒せるからだ。
体力が五割を切ると、アルビオンの全身に黄色いラインが血管のように広がっていた。
(黄色ということは……アルビオンの攻撃力や機動力が1.3倍になりましたね)
アルビオンの強化段階をプレイヤーが視覚的に把握しやすいように、体力が一定量減少すると、アルビオンの身体は発光するようになっていた。
(マスター、放っておいたら相手がどんどん強くなっちゃうよ!?)
ギルスが攻め込まず待機していると、アルビオンは二度目のオーバーヒートを発動する。
「体力が削れたところに適当な技を当てて、逆転しようとか考えてるでしょ。その目論見――上手くいけばいいね」
紗音は春雪の狙いを見透かしていた。
アルビオンは体力を減らせば減らすほど強くなるが、体力を削り過ぎれば簡単にKOされてしまうリスクがある。
当然、紗音もアルビオンの弱点を把握しており、彼はその弱点を自身
の技術や対応力でカバーしていた。
「当たり前のことだけど、『相手の攻撃さえ食らわなければ、このゲームは誰にも負けない』んだよ」
更に体力が削れると、アルビオンの身体が赤く発光する。アルビオンが最大まで強化された状態であった。
(今のアルビオンはアザレア並みのスピードで、攻撃力も倍近く上がっている。だが、小技でも当てさえすればこっちの勝ちだ)
アルビオンの強化は最終段階だが、その代償として体力は尽きかけていた。
春雪の作戦通り、ここからは様子見を止めて攻めに転じる。
最初の一撃をアルビオンにガードされるが、相手に防がれることは折り込み済みであった。
ギルスは出の速い足払いですぐさまアルビオンに追撃する。紗音はギルスの下段攻撃を読んでおり、アルビオンがしゃがみ始めた。
「無駄だよ」
ジャストガードで足払いを完璧に防御すると、アルビオンは大剣を振り回しギルスを吹き飛ばす。通常時ならば吹き飛んだ相手にアルビオンは追いつけないが、最終段階まで強化していれば追いつける。
アルビオンはギルスがダウンする前に大剣で切り上げると、回転率のいい弱攻撃で更にコンボを繋いでいく。
強化状態限定のコンボは非常に強力で、ブラストで割り込む間すらなく、ギルスの体力がゼロになった。
『これがフルパワーになったアルビオンの火力……たったワンタッチでギルスの体力が溶けました』
一セット目と同様に二セット目も春雪の敗北であった。しかも、今回は一セット目以上の惨敗だ。
体力こそ減っているが、アルビオンは自傷ダメージ以外でダメージを受けておらず、実質パーフェクトゲームであった。
決勝戦にも関わらず一方的な試合展開が続き、席を立つ観客も現れている。観衆は一進一退の新旧最強対決を期待していたが、紗音の圧倒的な強さに会場の空気は凍りついていた。
「僕に三タテされてリボルト準優勝――最後の大会の成績としては上出来だね。さあ、次が最強神さんの最後の試合だよ」
紗音は淡々と春雪に言い放つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます