第34話 準決勝④「幕切れ」
『第四セット、りっちゃん選手が選択したのはアザレアではなく――まさかのギルス。ここでギルス使いにギルスで挑むのは予想外ですね。りっちゃん選手の秘密兵器でしょうか?』
(マスター、りっちゃんってギルスを使えるの?)
(過去の試合では一度もギルスを使っていなかったはずだが……)
(私もりっちゃんがギルスを使っているのは見たことがないです)
(ここまで温存してきたメインキャラか……?)
観衆や葵、対戦相手である春雪も、律のギルスの実力は未知数であった。
(ギルスは俺のメインだ。ミラーマッチで負けるわけにはいかないな)
同じキャラ同士で対決するミラーマッチは、キャラによる性能差が存在しないため純粋な実力勝負になる。
同キャラ対決が始まると、二キャラがつかず離れずの距離を保つ。春雪のギルスが攻めるが、相手はガードとステップで上手く攻撃を捌いていた。
(ここまでの攻防の印象だが、ちゃんとギルスを使い込んでいる人間の動きだ。だが……)
りっちゃんのギルスの練度は春雪も認めるレベルだ。だが、アザレアの時のようなプレッシャーが全くなかった。
ギルスの待ち寄りの性能と攻めを得意とした律のプレイスタイルが噛み合っていないのだ。
(どうにも相手の動きがチグハグだな。弱くはないが、これならアザレアを使っていた時の方が遙かに手強かった)
律のギルスはガードやステップのタイミングは悪くないが、たまに攻め過ぎて春雪のギルスから手痛い反撃を受けていた。律はアザレアと同じ感覚でギルスを操作しているのだろう。
(マスター、この調子なら勝てそうだね)
(……そうだな)
彁の言う通り、四セット目は特に波乱もなく、ギルス対決は春雪が制した。
これまでの激戦と打って変わって、呆気ない幕切れであった。
『ギルスミラーを制したのは最強神選手。最強神選手が試合を決める三本目を取り、決勝戦へと進みました』
「……あはは。負けちゃいましたね。流石は最強神さんです」
「りっちゃんも強かったよ」
律が手を伸ばすと春雪は彼女と握手する。
憧れていた春雪と戦えたことに満足したのか、試合に負けたにも関わらず、律は笑顔を浮かべていた。
試合が終わってから、春雪と律は控え室で待機していた。
「りっちゃん、最後のセットはどうしてギルスを出したんだ? アザレアで行った方が俺を倒せる可能性が高かったんじゃないか?」
春雪は試合中に気になっていた疑問を口にする。
「……それは私も分かっています。だけど、最強神さんに私のギルスをどうしてもぶつけてみたかったんです」
「何で?」
「実は私、最強神さんのようなギルス使いになりたかったんです」
春雪の試合を観戦したことがきっかけで、律は彼に憧れてプロになったと明かし始める。
(りっちゃんが俺に対して初対面から好意的なのも、俺の対策を用意していたのもようやく納得がいった)
「プロになる前からギルスを使っているので、アザレアの倍以上は長く使っているんですが……私には向いていないようです」
「自分の使いたいキャラと向いているキャラは別だからなぁ……」
春雪自身もキャラ選びに迷走していた時期があり、律の抱える悩みは理解できた。
「センスがないことは自覚しています……。最強神さんのようにギルスを使いこなしたいという憧れを捨てるべきでしょうか?」
「趣味で使う分には問題ないけど、プロは勝つのが仕事だ。厳しいことを言うけど、向いていないキャラで結果を出せなかったとしても言い訳はできない」
「……やっぱり、結果を出すためにはアザレアを使い続けるしかないみたいですね」
「りっちゃんはアザレア使いなのが気に入らないのかもしれないが、俺はあそこまでアザレアを使いこなせない。アルフィスですら、りっちゃんみたいなプレイはできないはずだ。他のプレイヤーにはない唯一無二の強みだよ」
「私だけの強みですか……」
「りっちゃんのアザレアは強い。それは実際に対戦した俺が保証するよ」
「ずっと憧れていた最強神さんに強いと言ってもらえるなんて嬉しいです!」
「色々と偉そうに言ったけど、今まで通りにアザレアを使うか、ギルスを使うかはりっちゃん次第だ」
「最強神さんと話せてよかったです。話しているうちにモヤモヤが晴れて、私なりの答えが見つかりました」
「それはよかった」
「今まで感覚任せでやっていたせいで、私は他のプロの方々と比べて、まだまだ知識が未熟です。ゲームやキャラの知識を身につけて、アザレアだけではなく、ギルスも使いこなせるようになってみせます」
「アザレアは無理でもギルスの使い方なら教えられるから、分からないことがあれば遠慮なく聞いてくれ」
「有り難い申し出ですが……本当にいいんですか?」
「構わないよ」
(マスター、敵に塩を送り過ぎじゃない? 次戦う時のりっちゃんは今よりもっと強くなっちゃうよ?)
(敵は強いほど倒し甲斐がある。それにりっちゃんと戦うのは楽しいから問題ない)
三年前、紗音が国内最強のプレイヤーになってしばらく経った頃。
――アルフィスよりも全盛期の最強神の方が強い。
――ただのイキったガキで最強神には遠く及ばない。
若くして頂点に立った紗音は、他のプレイヤーから理不尽に叩かれていた。
紗音より上の世代のプレイヤーは最強神を叩き棒に使って、紗音にバッシングを浴びせていた。
――何が国内最強の最強神だ。最強のプレイヤーはあいつじゃない。僕だ。
大会の優勝回数や平均順位が全盛期の最強神を上回っても、紗音を叩くプレイヤーは減らなかった。
選手としてはとっくに衰えているにも関わらず、紗音は常に最強神と比較され続けていた。
――アルフィスが国内一位といっても、アルフィスが強いんじゃなくてキャラが強いだけだろ。
ある地方大会に出場していた紗音は、自分の陰口を言っているプロプレイヤーを目撃した。
こういう悪口を聞くのは初めてではないが、紗音を叩いていたのはプロ入り前に憧れていた選手の一人であった。
――僕は実力で今の地位を勝ち取ったのに、どいつもこいつも僕が一番なのがそんなに気に食わないんだ。
――大した実力もないのに、僕より早く生まれただけの連中が調子に乗りやがって。
今までの積み重ねもあり、紗音は上の世代のプレイヤー達に憎悪を抱き始める。
――僕と勝負してよ。僕が選ぶキャラはそっちで決めていいからさ。
相手が有利になる条件を提示したが、結果は紗音の圧勝だった。
――戦いやすいキャラを選んであげたのにこの程度なんだ。キャラのせいにする暇があるのなら、勝てるように自分の腕を鍛えろよ。
この日を境に紗音と彼を嫌う者達の衝突が増えていき、彼は敵対する相手を実力で黙らせた。
その頃には自分と対等に戦えるプレイヤーは、数えるほどしかいなくなっていた。
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