第16話 一回戦①「旧国内三強ルーロー」

 ブレイブソウルズの現在の国内三強は、国内ランキング一位のアルフィス、二位のゲシュペンスト、三位の茶釜だ。

 彼らを筆頭にした新世代プレイヤーが活躍する前ーー最強神、ルーロー、azの旧国内三強が多くの大会で優勝争いをしていた時代があった。

 当時、三人の中で一番勢いも実績もあったのは最強神だったが、彼が国内最強の選手とは言い切れなかった。公式戦で最強神に勝ち越しているルーローがいたからだ。

 平均順位でルーローは最強神に劣るが、対最強神の戦績を考慮すると、当時の国内最強プレイヤーは彼女だという意見もある。

 新世代プレイヤーの時代になると、最強神とazの二人は大幅に順位を落とし、旧国内三強のうち二人は大会であまり目立たなくなった。

 対して、ルーローは時期によって多少の前後はあっても、ランキングは十位代をキープしていた。

 ルーローが他の二人ほど順位を落とさなかったのは、彼女のプレイスタイルが原因だ。彼女は全キャラを器用に使いこなす多キャラ使いで、大会では相手が苦手としているキャラをぶつけるため、キャラ相性で常に優位に立っていたのだ。

 博士と呼ばれるだけあり、キャラ対策の知識も豊富なため、対戦相手からすれば彼女は非常にやりにくいプレイヤーであった。

 しかし、そんな彼女でも大会で優勝する回数は目に見えて減っていた。大会で上位に残ることはあっても、新世代の天才達に勝ち切れなかったのだ。


「……色々と悩んだんだけど、応援してくれている人達の期待に応えられなくてごめんね。選手としての活動は今日で終わりにするよ」

 

 ある日――ルーローは選手の引退を宣言する。

 旧国内三強で新世代プレイヤー達と唯一争えていたため、多くのファンから引退を惜しまれたが、彼女の意思は変わらなかった。

 ルーローが選手として復帰することは二度とないと思われていたが、彼女は七年振りに大会に出場する。

 昔の大会を知っている観客にとって本戦一回戦の最強神対ルーローは、二日目の最注目カードであった。


 リボルブ本戦当日の朝ーー。


「血圧が低そうな博士が、マスターの次の対戦相手だね。私の中の知識だと、マスターは博士に公式戦で十勝二十敗……。負け越してるけど、勝てる自信はある?」


「正直苦手な相手だが、今回は勝ち目がある。実戦からずっと離れていたから、あいつは腕が鈍ってるはずだ」


 勝率の悪い相手だが、香子には七年間のブランクがある。予選突破できるレベルにまで仕上げてはいるが、ブランクの影響は残っているだろう。

 それが春雪にとって有利な点であった。


「それに俺はフリーも含めてあいつとは何千試合もしてきた。あいつの手の内なら大体分かってる」


「人読みってやつだね!」


「正解だ」


 春雪から得た知識で彁は人読みについて理解していた。

「人読み」とは何度も試合することで、その人ならではの行動パターンや癖を把握することだ。

 春雪の対戦相手である香子で例を挙げれば、「攻撃を外した時、高確率で発生の速い弱攻撃を入れ込んで隙を無理矢理誤魔化す」、「相手の裏をかくために、試合中にガードや特定の技を意図的に多めに使用する」、「後がない状況で様子見せず強気に動く」などだ。

 この人読みができれば、試合中の駆け引きで優位に立ちやすくなる。


「マスターは相手の立ち回りや癖を知っているけどさ、それって相手にも同じことが言えるよね?」


 彁の指摘はもっともで、相手も春雪の戦術を把握しているのだ。


「俺と香子――条件は五分に見えるが、ブランクがある分、今回の対決は俺に分がある。彁の力は借りずに香子を倒す」


「私の助けがなくて大丈夫なの?」


「彁の能力は一日に二回までしか使えないだろ。適当に使えば、肝心な時に使えなくなる。優勝を狙うには、どこかで自力で戦う必要があるんだよ」


 本戦では強敵との戦いが続く。場合によっては試合がフルセットまでもつれ込んで、三十分以内に決着が着かない可能性もある。

 優勝の可能性を高めるために、彁の力を借りずに勝つ必要があると春雪は考えていた。


「……香子は強いが、自力で勝てる可能性が高い相手でもある」


「私の力なしでマスターがどこまで戦えるのか――お手並み拝見といこうかな」



試合当日――。

 

「チート野郎はさっさと負けろ!」


「姫のチャンネルを乗っ取りやがって!」


 春雪は嵐のようなブーイングを浴びながら入場する。ずっと上がりたかった戦いの舞台だが、観客は炎上中の春雪に容赦なかった。


『チート疑惑のある最強神選手が入場! 元国内二位のルーロー相手に戦いを見せてくれるのかある意味で見物だぞぉ!』


 ハイテンションで実況しているのは、サングラスとアフロヘアが目を引く長身の男性であった。

 煌びやかな白スーツに身を包んだ男は、元プロ選手のヴァジュラだ。


 香子の方で手配したのか、先日と同様に決闘の立会人が既に会場入りしていた。 

  

「また会いましたね。最強神さん」


 仮面の男が一礼する。

 ノワールとの決闘にも立ち会っていた男であった。


(こいつら、決闘がない時は何してるんだ?)


(マスターみたいなニートじゃないんだから仕事に決まってるでしょ。あの人が毎日休みのマスターと同類に見えたの?)


(……言いたい放題言いやがって)


「最強神さんも決闘がお好きですね。それだけ腕に自信があるということでしょうか」


「別に好きじゃねえよ。今回は色々あって断れない状況だっただけだ」


 春雪に続いて香子が入場し、久しぶりに試合会場で二人は向かい合う。


「最強神、完全にヒールだねー。ちょっとだけ同情するよ」


「こんなの俺への声援にしか聞こえねぇよ」


「ただの強がり――じゃなさそうだね。安心したよ」香子はフッと笑う。「観客の罵声で縮こまった相手と戦ってもつまらないからね」 


「優勝までの通過点の分際で言ってくれるじゃねえか。ボコボコにしてやるから覚悟しろよ」


「はぁ……。そうやってすぐイキるの止めた方がいいよ」香子は溜息を吐く。「君が勝てなくなってから叩かれているのって、そういうところにも原因があるからね」


 全盛期の最強神ならば、ビッグマウスも様になっていた。だが、結果を出せない人間の大言壮語など痛々しいだけだ。


(博士の言う通りだよ。イキリマスター)


 彁にも思い当たる節があるのか、彼女は香子の意見に賛同する。


「おい。いちいち便乗するな」脳内で彁と会話するつもりが、春雪はうっかり口に出してしまう。


「え? 誰と喋ってんの?」


「……すまん。さっきのは気にしないでくれ」


「この私が相手なんだから、独り言は止めてそろそろ集中しなよ」


 香子はコントローラーを握り、使用キャラを選ぶ。

 香子が選択したのは、背中に蜘蛛のような脚が生えている人型のスライム――アリアドネだ。


(意外だな。ギルスに有利を取れるキャラをぶつけてくると踏んでいたんだが……) 


 アリアドネとギルスのキャラ相性は五分だ。ギルスの不利キャラを出されると想定していたので、春雪にとっては意外なキャラセレクトであった。

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