第14話 リボルト予選⑥「少女の憧憬」

 春雪がドームを出た三十分後――。

 サイン会を終えた紗音はドーム内の休憩室で、りっちゃんこと光月律こうづきりつに話しかける。

 紗音は大会初日では試合の予定はないが、ファン向けのイベントのために来場していた。試合のない紗音や律が会場入りしていた理由は、イベントのためであった。

 

「サイン会している時にちらっと見えたけどさ、あの最強神オワコンとフリーしてたよね」


「あの人とはずっと前から戦いたかったので」


「予選レベルに絞っても、あんな雑魚よりもっといい練習相手なんていくらでもいるだろ」


「……蛇崩君は最強神さんを嫌ってますね。同じチームだったのにどうしてですか?」


「僕のことはどうでもいいだろ」紗音は律の質問に答えない。「律の方こそあいつのことを随分気に入っているじゃないか。あんな目立つ応援までするしさ」


「私、最強神さんのファンなんですよ。ブレイブソウルズを本格的に始めたのも、あの人の試合がきっかけです」


「何だって? あいつの試合が?」


「はい。弟と一緒に観戦した彼の試合は、今でも鮮明に覚えています」


 律は最強神のファンになった経緯を紗音に語り始める。



 四つ年下の弟――光月閏こうづきうるうと一緒にブレイブソウルズを対戦する程度で、昔の律はガチ勢ではなくいわゆるライトユーザーであった。

 ゲームには然程興味はなかったが、律は母子家庭で働きづめの母親の代わりに、閏の遊び相手になっていたのだ。

 六年前――律は閏の付き添いで、最強神とプロ選手達の試合を観戦したことがあった。


 ――私や閏の対戦とは全然違うなぁ……。

 ――どうしてあの人達はあそこまで早く動けるんだろう? どうやったらあんな操作ができるのか分からない……。


 プロの試合は「何だかよく分からないが凄い」というのが、当時の律が抱いた印象であった。

 いくつも試合を観戦して、律が最も印象に残ったのは決勝戦の最強神対azだ。

 三セットマッチで最強神はazに二本先取され、三本目の勝負もazに流れを取られていた。


 ――体力もブラストゲージもほとんど残ってないのに、あの人はまだ諦めてない。こんな絶望的な状況で頑張っても勝てないのに。


「もう諦めればいいのに」と律は考えるが、最強神の戦意は萎えていなかった。

 最強神は劣勢でも常に冷静で、相手の僅かな隙を突き、三セット目を辛くも返した。


 ――勝ったけど……。あんな強い相手から二連勝なんてできるわけが……。


 律の予想に反して、最強神は一進一退の攻防の末に四セット目も勝ち切った。

 全てが決まる運命の五本目――最強神は今までの待ち気味の立ち回りから一変し、積極的に前に出て相手を攻め始めた。


 ――えっ!? あんなに強気に攻めるなんて!


 最強神のプレイスタイルの変化に、律だけではなくほとんどの観衆は驚愕していた。

 観衆も驚く変貌ぶりなのだから、対戦相手のazは尚更だろう。

 攻めのプレッシャーに押されたのか、azの操作するゴードン軍曹は防戦一方であった。

 相手が立て直す間も与えない怒濤の攻めで、ラストセットも最強神が取った。

 最強神の大逆転勝利と優勝で会場内は、この日で一番の歓声が上がっていた。

 

 ――あんなに不利だったのに逆転するなんて……! 私もいつかあの人と戦ってみたい!


 フルセットの激戦に感動した律はプロゲーマーになる決意を固め、今まで一度もやらなかったオンライン対戦も始めるようになった。地道な努力に加えて、元々の才能もあり律は急速にレートを上げていき、十六歳でプロゲーマーになる夢を見事に叶えた。

 だがその頃には、律が一番戦いたかった最強神は落ちぶれていたのだった……。




「……プロゲーマーりっちゃん誕生のきっかけが、あいつだったとはね」

「皆はバカにしていますが、最強神さんは凄い選手なんです」


 律にとって最強神は今でも憧れの選手であった。 


「凄かったのは昔だよ。あいつが一番強かった時期でも、僕の方が強いし」


 全盛期の最強神とアルフィスが勝負したらどちらが強いのか?

 最強神が衰えたため決着のつかない議題だが、これはブレイブソウルズ界隈で度々話題になることであった。


(……蛇崩君の方が強いという主張は正直否定できない)


 二人の最高順位は世界ランキング五位。

 数字だけ見ると同じ五位だが、新世代の猛者が大勢いる現代の方が、昔よりもプレイヤー全体のレベルは遙かに高い。 

 それに国内大会での優勝回数や上位入賞回数は、紗音が最強神をとっくに上回っている。


「リボルトで対戦したい相手は何人かいるけど、僕と対等にやり合えそうなのは、律しかいないんだよね」


 紗音と同格のプレイヤーとしてよく名を挙げられるのは、国内ランキング二位のゲシュペンストと三位の茶釜、四位のりっちゃんだ。

 だが、ゲシュペンストと茶釜は同日開催の海外大会に遠征しているため、今回のリボルトは不参加であった。


「私の実力を評価してくれているのは嬉しいですが、最強神さんを侮り過ぎない方がいいですよ。あの人は強いです」


「何であんな雑魚の名前を出すんだよ。どうせ、僕と当たる前に消えるだろ。仮に対決したとしても、僕があいつに負ける可能性なんて微塵もないから」


 律の口から最強神の名前が出ると、紗音は露骨に機嫌を悪くする。紗音から「話しかけるな」というオーラが出ていたので、律は紗音との会話を止めた。 

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