第12話 リボルト予選④「VSノワール」

『観客は大盛り上がりしてるけど、格ゲーの試合で命を賭けるってのはどうなのかなぁ……』


 香子の意見は至極真っ当な正論だが、一度始まった決闘は決着がつくまで終わらない。

 

「またギルスですか。ギルスでは私に勝てませんよ。他のキャラを使った方が、まだ勝ち目があると思いますが」

 

 ノワールの煽りを無視して、春雪はギルスを選択する。ノワールの方はデモスを選んでいた。


「人生最後の試合はメインキャラと心中ですか」


「今日は俺の命日じゃない。動画投稿者としてのお前の命日だぜ」


「ほざいてなさい。あなたが黙る瞬間が楽しみですわ」


 二人の対決に選ばれたステージは、ギミックがない狭いひし形のステージだ。

 ブレイブソウルズはガチ勢だけではなくファミリー層も想定しており、ギミック有りのステージも数多く存在するが、大会用のステージは全てギミックのないステージから選ばれる。

 試合が始まると、二キャラは様子見しながら、牽制の小技を放つ。互いに静かな立ち上がりであった。


『静かな差し合いが続きますねぇ。こういう敵のミスを誘う駆け引きは、地味ですが私は好きな展開ですね』


(改めて見ると、堅実な立ち回りだな。何度か釣り行動をしても、引っかからないし)

 

 ノワールの攻めを誘うために、ギルスは攻撃をするフリをして少し近づいたり、攻撃を空振りして意図的に隙を見せている。このような釣り行動は、相手の動きを誘導して狩るための動きだ。

 だが、彼女は春雪の仕掛けた罠に騙されていなかった。

 ノワールは派手で映える技ばかりを狙っているイメージだが、彼女のプレイは非常に丁寧であった。格闘ゲームの基礎力が高い証拠だ。


『近づくように見せかけてからの引きステップ――悪くない釣り方ですが、ノワール選手は相手の動きをよく見ていますねー』


「以前より慎重みたいですわね。ですが、それだけではわたくしには勝てません」 


「お望みならこっちから仕掛けてやるよ。女王様」


 春雪は宣言通り、ギルスで攻勢に出始める。

 ノワールは鈍重なデモスを的確に操作し、ギルスの攻撃をガードする。だが、全ては防ぎきれていなかった。


『待ち気味のプレイスタイルから一転して、最強神選手が仕掛けていく。この行動が吉と出るか凶と出るか……』


(デモスは高火力で一発逆転がある。倒すまでは絶対に油断しない) 

 

 攻撃力の高いキャラやコンボ火力の高いキャラは、一度攻勢を許せば、流れを奪われかねない。

 デモスの反撃を捌きながら、ギルスは絶妙な位置で相手に攻撃を当てていく。

 これまでの待ち主体の試合とは違い、ギルスの動きは速く鋭くなっていた。


『この怒濤の攻め方……私と戦った頃の最強神選手を思い出します。防御寄りのプレイスタイルなのに、流れを取って攻め出した時の彼はマジで強いんですよー』


 香子はギルスの攻めの激しさに昔を懐かしんでいた。


「最強神がノワールを押してないか……」


「あいつのギルスってあんなに動けていたか?」


 観客は雑魚だと侮っていた最強神の見違えるような動きに、ざわつき始めていた。


(この相手とやや近い距離が嫌みたいだな。苦しそうに見えるぜ、ノワール)


 デモスのように攻撃の後隙が大きいキャラは、攻撃を外した時のリスクを減らすために、距離の取り方が重要だ。 

 ギルスは攻めながら、デモスの苦手な位置取りをするように立ち回っていた。

 的確な間合い管理で、春雪はノワールが得意としている中距離の読み合いをさせない。


『最強神選手は有利な間合いで、読み合いを徹底拒否していますね。読み合いって突き詰めればジャンケンなので、極力減らした方が勝ちに繋がるんですよね』


「ぐぬぬっ……!」 

 

 最強神の予想を上回る強さに、ノワールの表情に焦りが現れる。

 デモスも何度か反撃をしているが、押されているのは明らかであった。

 劣勢を覆すために、デモスは炎を纏った剣を振り下ろす。


(流れを無視して強引に大技を打ってきたな)


 パワーキャラとの対戦で怖いのは、一発逆転の一撃だ。

 以前は敵の動きを読めていても操作や反応が追いつかなかったが、彁の助力を得た春雪は違う。

 今の春雪ならば、敵に技を先出しされても反応できる。

 春雪は相手の必殺技の予備動作を確認した瞬間、即座にカウンター技のコマンドを入力する。

 デモスの動きに合わせてギルスは槍を構えて、剣を受け止める。槍の先端から飛び出した衝撃波がデモスを吹き飛ばして、相手の体力を削り切る。

 デモスの必殺技のカウンターに見事成功し、オーバーキル級のダメージを与えていた。


『デモスの必殺技に完璧にカウンターを合わせました。ううむ、これは芸術点の高い一撃だねー』


「はははっ。顔色が悪いなぁ~女王様」


 自分を舐め切っていた生意気な女を追い詰めて、春雪は愉悦の笑みを浮かべていた。


(賭けを持ちかけたのはノワールの方だけど、どっちが悪者か分からなくなってきたなぁ……)


 ゲス笑いする契約者を、彁は呆れ気味の表情で見つめていた。


「後一回勝てばお前のチャンネルを貰えるし、そろそろ新しいチャンネル名を考えるとするかぁ」


「……調子に乗らないでください。ここから二連勝すれば問題ありませんわ」


 もう一度敗北すれば女王のチャンネルを失う――。

 コントローラーを握るノワールの両手は震えており、敗北の動揺を隠し切れていなかった。


「……こ、この私が二度も負けるはずが」


 間髪入れず二戦目が始まると、デモスはギルスに接近戦を挑む。無理矢理必殺技を当てるのが相手の狙いだろう。


『……おおっと、これはノワール選手らしくない攻め方だ』


(焦りが見えるな。一試合目の冷静さが見る影もない)


 チャンネルの存続がかかっているためか、ノワールは本来のプレイスタイルではなくなっていた。

 こうなってしまえば、春雪の勝利はほぼ確定だ。強みを発揮できなくなった相手のペースを握ることなど容易いからだ。

 

(的確な読みで放つ技と適当に放つ技では、同じ技でも怖さがまるで違う)


 以前戦った時のようなプレッシャーが全くなく、ギルスも積極的に前に出る。

 インファイトの殴り合いならば、技の出がデモスより速いギルスの方に分がある。雑に放たれたデモスの縦斬りをかわせば、反撃確定のタイミングだ。

 先端に風の刃をまとった槍がデモスの巨体を貫く。ブラストゲージを消費して放つギルスの必殺技が直撃し、デモスの体力ゲージが残り三分の一まで削れる。


「……!?」


 ノワールの動揺の隙を突いて、ギルスはダッシュ攻撃で残り僅かな体力を削り切る。


『試合が終わりましたが、二セット目はずっと最強神選手のペースでしたねー』


 二セット目は一セット目よりもあっさりと決着が着き、観衆が呆気に取られるほどであった。

 春雪はノワールとの二本勝負をストレートで勝ち切る。以前は惨敗した相手だったが、今回の試合は真逆の結果であった。


「くっ……。うぅうぅぅぅ……」


「俺の勝ちだ。約束は守ってもらうぜ」


「わ、分かっていますわ……」


 返答するノワールは涙目で俯いていた。


「約束通り、私のチャンネルの全権利をあなたに渡します……」


「もっとゴネられると思ったが、案外潔いいんだな」


「見下していた相手に完敗したなんて認めたくありませんよ……。ですが、負けは負けですから……」


 敗北の屈辱に震えながらも、ノワールは負けを認めた。

 高慢で生意気なだけの女だと思っていたが、春雪は彼女に対する認識を改める。


「はぁっ……。あんなに登録者がいたのに、ゼロからやり直しですか……」


「命を失うよりはマシだろ」


「……最強神さん。私に圧勝しておいて、本戦でいきなり負けたりしたら許しませんよ」


 会場を去る前に、ノワールは春雪に言い残す。




 最強神とノワールの試合が終了し、二人が会場を去った後、実況席で香子はあの試合の不可解な点について考えていた。


(あの動きや判断の速さ――間違いない。私とやり合っていた頃の最強神だ)


 香子は春雪の動きに、強かった頃の彼を思い出していた。


(さっきの試合だけ、他の試合とはまるで別人のようだった)


 香子は春雪のチートの使用を一瞬疑う。しかし、その可能性は限りなく低い。

 香子の見た限りでは、チートを使用した場合に生じがちなキャラのおかしな挙動、不自然なシステム処理が試合中に全く見当たらなかった。

 それに試合会場のコントローラーやゲームソフトは、全て運営側が用意している。

 

(……最強神を疑いたくはないけど、短期間であんなに強くなるなんてどう考えてもおかしい)


 試合を間近で見ていた香子は、春雪に疑念を抱く。

 最強神は直近の大会を何度も予選落ちしており、大会前の練習で強くなったとしても、以前惨敗したノワールに圧勝できるとは香子には思えなかった。


(何か反則をしているのなら、ライバルとして許せないな)


 春雪が不正チートを行ったという決定的な証拠はない。しかし、彼が何らかの秘密を隠していると香子の直感が訴えていた。

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