空の階段

海湖水

空の階段

 一歩、足を進める。階段をひたすら上り続ける一人の少年に、何匹もの異形の虫が、食いつこうと口を開く。それを見た少年は、音を立てながら羽ばたく虫達に、銃を向けた。

 少年の構えも狙いも、まるでなっていない。が、少年はそのまま引き金を引いた。

 その瞬間、爆発音のような大きな音が鳴り、あたり一帯を煙が包んだ。

 煙に飲み込まれた虫たちは、巨大な顎をカチカチと鳴らしながらも、その場で動かなくなる。

 その隙に、少年は階段を最上部まで駆け上がり、壁にある魔方陣のような紋章に手を置いた。紋章からは、空間中へと壁の溝のようなものを伝い、緑色の光が巡っていく。少年はその様子をただじっと見つめていた。


 「終わりだ」


 光が空間中に行きわたった瞬間、辺りの気温が急激に下がった。だが、寒いというわけではない。辺りがもともと、のだ。

 気温が丁度よい所で下がるのを止めると同時に、辺りにも変化が生まれた。

 まるでジャングルのように生えていた植物たちが、すぐさま灰のように消え去ったのだ。そして、空を飛んでいた虫もその変化の例外ではなかった。

 少年のじっと見つめる、煙が晴れた先には、ひときわ巨大な昆虫がいた。人一人分はありそうな顎に、標的を絶対に逃さないという意志すらも感じるような目。巨大な体躯は、どす黒く光り輝く鎧で覆われていた。

 群れのボスなのだろうか、その昆虫は少年を探知すると、その方向へと向かってくる。しかし、それは叶わなかった。

 周りの小さな(と言っても成人男性くらいのサイズはあるのだが)虫たちが、一斉に地上へと墜ちていったのだった。地上はびっしりと植物で覆われていたはずなのだが、今では石畳が残るのみだった。その石畳に虫たちは打ち付けられた後、体を塵と変えていった。

 そして、ボスもだった。巨大な要塞は、地上に墜落すると、少しビクビクと跳ねると、体を塵に変えた。



 

 「お前、塔に挑戦しねえか?」


 あるビルの屋上。少年に一人の男が声をかけた。黒いスーツに身を包み、髪も整えているその男は、真面目な会社員を連想させた。それだけに、その口調が余計、その男の違和感を増長させる。


 「あんた、誰だよ?あと、俺が塔に挑戦するメリットなんてないだろう」


 少年はまるでため息をつくかのように、言葉を口から吐き出した。その言葉を聞いた男は、残念そうに顔を歪めた。こっちは親切で言ってやっているんだぞ、とでも言いたげなその表情に、少年の顔も自然と敵意を表に出し始める。


 「じゃあ、死ねばいいだろう。俺は、その今から消える無駄な命に、意味を与えてやろうと思っただけなんだがなぁ」

 「無駄な命、だと?」

 「ああ、無駄だね。そんな年で自殺しようだなんて、大して何もしていないのによぉ。あれだろ?若者特有の、生きていくのがつらくなりました~、的なやつ」

 「若者特有ではないだろう。まあ、別に、お前の言っていることは間違ってはいないが……」

 「じゃあ、塔に挑戦しろよ。政府は今、そういうやつを求めている。自分の命が惜しくない、みたいなやつをな」


 少年は頭の中に、塔についてのことを思い浮かべた。

 「塔」、それは数年前に世界中に生み出された建造物だ。天まで無限に伸びているようなその塔の中には、大量の危険生物や罠が配置されている。

 急に現れた巨大建造物に対する政府の回答は、不干渉だった。建造物の中の生物は、基本的に人間が心地よいと感じる気候の中で生きていくことができない。そのため、塔は基本的に干渉しなければ安全だという方針をとったのだ。


 「だがな、政府はあの塔を放置できないんだよ。いつ、あの中の危険生物たちが出てくるかって、政府の連中はビクビクしてる。何せ、奴らには銃が効かねえからな。トリガーハッピーしても、特に何の効力もねえ」

 「は?じゃあ、今までの連中はどうやって塔を『攻略』したんだよ?」

 「やってみればわかるさ。まあ、奥の紋章に触れればいいだけだ。触れれば、塔の中は、その階層のみに限定されるが、俺たちの普段過ごしている気候と同じようになる。その中じゃ、危険生物どもも、一瞬で死んじまうわけだ。罠もその気候じゃ作動しないらしい」


 塔の「攻略者」。今まで、世界各国で行われた、塔への侵攻や、冒険家の侵入によって、一部の塔は、いくつかの階層が人間の過ごせるような、そして危険生物や罠のないような場所に変化している。そして、そのように変化させた冒険家や軍人を、人々は「攻略者」と呼んでいるのだった。

 「攻略者」は有名になりやすい。政府が大きくアピールするというのも一つの理由だが、攻略者がほとんど存在しない、というのも、大きな理由の一つだろう。


 「で、自殺志願者を集めて、少しでも攻略を行おうとしている、と」

 「そうだ。まあ、自殺志願者なんて、そう簡単に見つかるもんでもないが」


 そして、気づけば少年は塔の中にいた。特に、塔に関して何かを感じているわけでもないが、自分の命が惜しいとも思っていなかったからだ。


 「じゃあ、次の階層に行くか」


 紋章に再度触れると、別の空間へと飛ばされた。空に浮かんでいるような、階段が、天にひたすら続いていた。

 少年の自殺しようとした理由はいくつかある。簡単に言うと、大切な人が死んだからなのだが。彼女がいないこの世に、生きる意味なんてない。それが少年の考えだった。

 しかし、その考えは少年の頭から消え去った。


 「なんで、いるんだ?」


 目の前に少女が立っていた。彼の生きる意味だった、彼女が目の前に立っていたのだった。辺り一面を雲が包んでいる中、少女はこちらを見つめていた。

 このような罠は見たことがある。人を映し出すタイプの罠だ。


 「何で、ここにいるかは知らない。本物かもわからない」

 「だから、俺はこの先に進む。意味を作りたいから。自分の人生の意味を見出したいから。君以外の意味を見出したいから」


 少年は一歩、階段を踏み出した。

 

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