第3話 ぬくもり

 仲睦まじいとはこの事を言うのだろうか?

「おはよう、美鈴さん。昨日はごめんね」

「ううん、私が悪いの。そういえば、明さん顔色が悪いですよ」

「そうかな。そういえば体がだるいな。昨日布団をかぶって寝なかったからかもしれない」

「駄目よ。ちゃんと布団をかぶって寝ないと」

「そうだね」

「今日は学校を休んで病院に行かれたらどうですか?」

「そうだね、今から行ってくる」

「私も一緒に病院へ行きます」

「駄目だよ。学校に行かないと」

「ううん、明さんが心配なの」

 一人暮らしの明にとって、美鈴はある意味において、母親的な存在だったのかもしれない。

「いいのかな?」

「はい」

「じゃあ行こう」

 美鈴は母親と学校に嘘をついて学校を休むことにした。

「明さん、そういえば、診察代はあるの?」

「あ、そうか、そういえばあったかな?」

 明と美鈴は互いのお小遣いを集めて病院へ向かったのだった。病院は古く平屋の建物だ。中の待合所で待っていると。明は看護婦から呼ばれ診察室へ入っていった。

「先生、昨日の夜から体がだるくて」

「食欲はあるかね?」

「いえ、それがあまりありません」

「熱があるし、風邪だな。家でゆっくり休んでいなさい。」

 本当に風邪なのだろうかと疑う明と安心した美鈴であった。

「俺のところは母がいないからな」

「明さんが小さい時に亡くなったのでしたね」

「ああ」

「じゃあ、私が看病してあげる」

「いや、悪いよ」

「大丈夫よ。お母さんに言ってくるね」

 明の事が好きだった美鈴は居てもたってもいられなかったのだった。

「お母さんは、大丈夫だったの?」

「大丈夫でしたよ」

「ありがとう。美鈴さん」

 明は風邪で気分が悪いというより嬉しくてたまらなかった。自宅に着くと美鈴は看病の準備に取り組んだ。まるで、美鈴は母親のようであったのだった。

「まず熱をさげないと」

「ああ」

 明は恥ずかしかったが美鈴の言われたとおりにした。

「冷たいタオルでね、冷やし枕もどうですか?」

 続けざまに美鈴の看病が始まった。

「熱をはかってみましょうか?まだ熱がありますね。でも最初からすると下がりましたね」

 やはり、恥ずかしがり屋の明は小さな声で美鈴に伝えた。

「ありがとう」

「おなかも痛いですか?」

「ああ」

 本当は明は痛くなかったのだ。美鈴に甘えたかっただけであった。

「じゃあ、おかゆね」

「ありがとう」

「明さんのいいお嫁さんになれそうかな?」

「なってほしいな」

 美鈴は勇気をだして、ある行動にでた。

「明さんそばに行っていい?」

「だめだよ、風邪がうつるし、駄目だよ……」

「平気よ。じゃあ、手をつないであげる。これできっと良くなります」

 美鈴は大胆であった。

「ありがとう。美鈴さん、いつからそんなに積極的になったの?」

「みんなの前で明さんが好きです。そういったでしょ。あれで自信がついたの」

「そうか……」

 明は嬉しさと恥ずかしさが交錯していた。

「今度はご飯ね。おかゆをつくりましたよ。食べてみますか?」

「ああ、おいしいかな?」

 なんと、とんでもなく失礼なことを美鈴に言った。でも、それは照れ隠しだったのだ。

「もう失礼ね」

「ああ、ごめん、ごめん。」

「あ~ん」

 明は大きく口を開けた。

「ほら」

「え……なんで美鈴さんが食べるの」

「フフフ」

「今度は食べさせてあげるから」

 意地悪そうな美鈴だった。

「あ~ん」

 またもや、明は大きく口を開けた。しかし、美鈴が食べたのだった。

「意地悪だな」

「ちがいます。熱いかどうか見ているからです」

「そうなんだ、ありがとう」

 明は美鈴の優しさが嬉しかった。

「明さん、今度こそね」

「ふ~熱いから、どう?」

「美味しいよ。梅干しが入っているんだね」

「そうよ。おかゆだけじゃおいしくないでしょ」

「ふ~あ~ん。おいしい?」

「うん、おいしいよ」

「よかった」

「でも、お母さんが心配しているんじゃない?」

 本当は明は美鈴にそばにいてほしかった。

「大丈夫、友達の家に泊まると言ってあるから」

「明さんお布団の中に入っていい」

「駄目だよ」

 明は恥ずかしくて、恥ずかしくて仕方がなかった。

「いいから」

「風邪がうつるよ」

 そう言うのが精一杯の明。

「いいのよ。もっとそばに行っていい?」

「ああ……」

「明さん強く包み込んで」

「こんな感じかな」

「まだ弱いです。意外と恥ずかしがり屋さんなんですね」

 クスクスと笑う可愛い美鈴であった。

「そんなことないよ。風邪がうつるからと思っただけだよ」

 美鈴がそばに寝ているのに何もできない明だった。そして、優しい夜は更けて、翌朝を迎えたのだ。

「明さん、どうですか?」

「あ、熱が下がってる」

「私がそばにいたからよ」

「ああ」

「恥ずかしかった」

「そうだな」

「明さんは本当に恥ずかしがり屋ですね」

「そんなことないよ……」

 恥ずかしがる明にクスクス笑う可愛い美鈴。二人は対照的であった。

さらに、明をからかった。

「だって、抱きしめてくれなかったでしょ」

「そうかな……」

「そうですよ。女性に失礼ですよ」

「風邪をひいていたからだよ」

「本当かなあ」

「そうだよ」

「本当かな」

「うん……」

 何処までも純粋で恥ずかしがり屋な明におおらかな優しさを持つ美鈴。

二人が待ち受けている運命をこの時は知る由もなかった。

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