ベーコンエッグの朝

taaad

ベーコンエッグの朝

 何やら騒々しい夢が終わり、朝、目を覚ますと、いつもはのんびり寝ている彼女が隣に居なかった。代わりにそれ程遠くない台所のほうから、フライパンの上で踊るベ-コンの魅力的な匂いと音が辺りを包んでいた。

 裕一は、彼女が先に起きて朝食を作るなんていつ以来のことか思い出そうとしながら、ベットの上で起き上がろうとし、そして失敗した。異様に体が重く感じられ、思うように動けない。もう一度気を取り直して挑戦し、今度は成功した。やはり、久々に体を動かしたせいだろうか。さすがに、就職して3年も経てば、昔のように体はついてこない。せっかくの土曜日を社内のソフトボ-ル大会に費やした分、今日はゆっくり休むつもりだったのに。

 重い体にムチ打って、裕一はキッチンへ向かった。

「もっと寝てればいいのに。もう少し待ってね、すぐ出来るから」

 こちらを振り返る事もなく、彼女が言った。「じゃあ、なんで朝っぱらから作ってんだ」と裕一は思ったが、口にはしなかった。そんなことを言ってしまえば、次に朝飯を作ってくれるのは、ハレ-彗星より先になるだろう。

「ん、ああ」。適当に返事を返し、仕方なしに彼は部屋に戻った。

 爽やかに朝日の差し込む日曜、彼女が朝食を作り、目覚めを待っている。たまにはこういうのもいいものだ、と感じ始めた瞬間、彼の脳裏に別の考えがよぎりはじめた。何故急に朝食を作りだしたのか。理由その1、今日は付き合いはじめて2年間のの何らかの記念日である。理由その2、最近あまり会う時間がつくれなかったことへの当てつけ。理由その3、単なる気まぐれ。理由その4、別れを示す最後の晩餐(もっとも、晩餐ではないが)。理由その5、今日で地球が消滅するから。何にしても、態度、言葉に気をつけて原因を探る必要があると考えた。

 ベット横の小さいテ-ブルにラインナップが顔をそろえた。程よくマ-ガリンの付いたト-ストをかじる間も、裕一の視線はそれとなく彼女に注がれていた。彼女はそれに気付いているのかいないのか、コ-ンス-プの入ったカップに口を付けながら、フォ-クでベ-コンをつついていた。そんな静かな状態が続く。

「今日はどこへ行く?」

 一向に相手の狙いを掴みきれない裕一が切りだした。

「疲れてるんでしょ。寝てれば」

 そっけない返事が彼に返ってくる。どうも、どうも状況は良くないらしい。そこで裕一はさり気なく、別に大して疲れてはいないしどこかへ行きたい気分だと説明っぽい口調で話した。

 彼女は黙って聞いていたが話が途切れると、食器を積み上げ、流し台へと消えていった。これは、尋常じゃない。前に彼女に会ってから今日までのことを思い出そうと、裕一は試みていた。何か怒らせるようなことが無かったのか。しかし、考えれば考えるほど分からない。そういえばここ2週間くらい会えなかったのは、裕一の仕事より、彼女の都合がつきにくかったからではないか。準備がどうとか、買い物があるとか言って。確かにその前の1か月は裕一の都合で会えなかった事が多かったのだが。そういえばその頃電話すると、最初はあれだけ会いたがっていたのに、最近は急に口数が減り、やたらとこちらをじっと見つめることが多い。終わりが近づいているのだろうか。そんな考えに捕われているうちに、裕一は不覚にも再び夢の世界へと落ちていった。

 夢の中は、少し前に見た夢の続きだった。とにかく騒々しく、眩しい世界だった。

 裕一がはっとして目を開けてみると、窓の外は薄暗くなっていた。彼女はテ-ブルの向こうで、朝と同じように静かに座っていた。違いはコ-ンス-プが紅茶に変わった位だった。

「紅茶でも飲む?」

ゆっくりと自分のカップを置くと、近くにあったティ-ポットを持った。

 更に状況は悪化したと裕一は思った。寝込んでしまう前は立場を逆転させる自信があったが、これだけ長時間寝てた今となっては、勝ち目はない。素直に実は朝はかなり体がだるかったと言った。そして、今はやたらと体が楽になったとも付け加えた。実際、彼は一眠りで十分回復していた。

 彼女は嬉しそうに笑うと、とりとめもない話を次々と喋りはじめた。ホッとした表情を隠しながら、裕一は話にのった。

 しかし、そんな和やかなティ-タイムも、三たび裕一に眠気が訪れ、中断した。

 今度の夢は、騒々しくは無かったが、眩しさだけは変わらなかった。

 裕一は目を覚ました。いつの間にかベットに横たわり、こうこうとライトが彼に向かって光を放っていた。彼女はテ-ブルの傍らではなく、ベットの横に居て、裕一の胸に顔を埋めるようにしていた。

 彼は頭を持ち上げ、自分の体に視線を向けた。そこには、薄い皮膚が中心から両側に向かって二つに捲られ、間から鈍く銀色に光る部分が見えた。更にその内側は、赤や青のビニ-ルに覆われたメタルケ-ブルがはみ出した、ぽっかりと開いた暗い空間があり、中ではチカチカと4つのダイオ-ドが心臓の鼓動と共に点滅を繰り返していた。背中の中程まである髪を後ろで結んだ彼女は、その空間に向かって両手を差し入れ、一心不乱に作業を続行していた。

 目を横に少しずらすと、左手が手首の辺りから無くなっており、その先は少し前までティ-カップを置いていたテ-ブルに、掌を上にして置かれたいた。手と手首の間は、数本の線によってのみ僅かにつながっている。信じられない裕一は、左手を握ろうとした。何の苦もなく、いつもどうりにテ-ブル上の左手は握られた。

 なるほど。

 裕一には、彼女の最近の行動が分かった。準備も、買い物も、あえない時間も、会いたいという言葉も、黙って見つめていた理由も。別れるどころか、これで裕一は完全に彼女のものになってしまったのだ。

 裕一は掌のある右手(金属は剥き出しだが)をついて上半身を起こした。そして目に入ったのは、身体のいたるところで金属が露出している、サイボ-グ化した体だった。もう、疲れたという言葉も、眠いという言葉も通用しない。もしかしたら、彼女の自由に操作されるのかもしれない。

 思考が落ちつかない裕一に対し、彼が目覚めた事を初めて知った彼女は工具を持った手を止め、ニコリと微笑みを投げかけながら言った。

「もっと寝てればいいのに。もう少し待ってね、すぐ出来るから」。

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