第3話 魔王の囁き
サーリアが
その間、美也子はどのようにすごしたか、記憶にない。
サーリアが置いていった十億円はするという宝石はリビングのテーブルに無造作に置かれたままだ。
美也子は何度も何度もスマートフォンの画面を見る。
勇人からラインかメールがあるかもしれないからだ。
「帰ってきて」と送ったラインの返事があるかもしれない。
だけど何度見ても返事はおろか、既読すらつかない。
ごめんなさい、あなた。もう二度といらないなんて言わないから。
あなたと有人がいるだけでよかったのに。
もう愚痴なんて言わないから、帰ってきて欲しい。
そう思った美也子はまた帰ってきてとラインを送る。
今度こそ、返事があるかもしれないからだ。
あっそうだ、今日は勇人の好きなカレーをつくろう。あの人は私のつくるチキンカレーが大好きなんだ。
箱のレシピ通りにつくっているのに美也子のカレーは絶品だなといつも褒めてくれる。
十億円なんかよりも勇人の言葉が欲しい。
美也子はスーパーに出かけて、買い物をする。鼻唄を歌いながら料理をする。
勇人は大きめに切ったじゃがいもが好きなのよね。
付け合わせは福神漬とらっきょうだ。美也子はらっきょうが嫌いだけど勇人が好きなので今夜は特別に用意してあげる。
二人分のカレーを用意して、リビングのテーブルに置いた。
カレーのいい匂いがリビングに充満する。
一口食べる。
今日のはうまくできたわ。きっと勇人も気に入ってくれるわ。
あなたの好きなカレーを作ったのだから、早く帰ってきなさいよ。
そうだ、有人のご飯もつくらなきゃ。
そう思い、美也子は椅子から立ち上がる。
こんなに作っても私しかいないのに。
急に冷静になり、誰も手をつけることはないカレー皿を見た。勝手にぼろぼろと涙が流れ出した。私は何をやっているのだろうか。
へなへなと床にすわり、ぼんやりと天井を眺めた。
それから、数時間が過ぎた。
美也子はただぼんやりと天井を眺めているだけだった。
ねえ、あなた寂しいの?
聞いたことのない女性の声がする。その声は優しく美也子に語りかける。
ええ…… と声を絞り出す。
ふーん、自分からいらないって言っておいて、いざいなくなると寂しいんだ。
身勝手な人ね。
ええ、そうよ。私はかまって欲しかっただけなの。本気で出ていってなんて思ってなかったのよ。
だったらいなくていいなんて言わなければよかったのに。
まあ、いいわ。あなたがあの勇者に戻ってきて欲しいというのはわかったわ。私たちにしてもあの勇者がいたら困るのよね。
そうだ、ねえ、誰が悪いとおもう?
私なのかしら……。
いいえ、あの傲慢で恥知らずなエルフよ。
あのサーリアさえいなければ、あなたの平和な生活は壊されなかったはずよ。
そうよ、あのサーリアとかいうのさえ現れなければ私の生活は続いていたわ。
ちょっと愚痴を言っただけなのにそれを本気にして、勇人と有人を連れ去るなんて。
許せない、絶対に許せない。
ねえ、憎い?
ええ、とても憎い。憎くて憎くて仕方ない。
あいつを殺してやりたい。もっともひどい殺し方で殺してやりたい。
わかったわ。あなたに力を貸してあげる。
私は勇者に実体を滅ぼされて困っていたのよね。美也子、あなたの身体を借りるわね。あなたの憎しみの力は良い魔力の源泉になるわ。共にサーリアの国を滅ぼしましょう。
ええ、サーリアを殺せるなら何でもするわ。
あなたの名前を教えて?
美也子は頭に響く声にきいた。
私は魔女にして魔王。嫉妬と憎悪を司るもの。人の心に憎しみがある限り、何度でも甦ることができるのよ。
さあ、行きましょう。あなたを捨てた人たちに復讐するのよ。
美也子はその声に従うことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます