創世の黒百合姫フィーア

アイズカノン

第1話 楽園の花嫁

 快晴なる宙。

昼間に浮かぶ月と、うみに浮かぶ逆さの城。

 「ここが【聖ルーナティア学院】か……。」

 城壁のように高い鉄格子の檻と門の前に立つ一人の少女。

少しクセの付いた黒いショートヘアの少女の名は【フィーア】。

この城のような建物といくつもの時計塔が立ち並ぶ学院=【聖ルーナティア学院】に転校してきた転校生。

 「おやおや。見ない顔だね。」

 黒いパーカーに白いスポーツパンツのフィーアと違って、フリルの付いた白と蒼のセーラーブラウスにフリルの蒼いミニスカート、そして灰色のコルセットベストを身に纏った薄い緑色の少女がフィーアに声をかけた。

 「君は?。」

 「私はアイリス。【アイリス=フィーリア】。」

 「ありがとう。ボクはフィーア。【フィーア=イブ=ルーティア】。」 

 「“3階層”とは珍しいね。もしかして貴族さんだったりします?。」

 「ボクの〔保護責任者〕からはそう聞いてるけど、ボク自身はよくわかってないけどね。」

 「ほえぇ〜。」

 アイリスとの問答を繰り返すフィーアたちを避けて、ぞろぞろと他の生徒たちが正門から学院の牢獄に入っていく。

 「いつまでそこで立ち話しているつもりだアイリス。」

 「はい……。すみません……。」 

 「これは失礼しました。」

 「ん?。君が例の転校生か。なら仕方ない、今日のところは多目にみよう。」

 「ありがとうございます。【イリア風紀委員長】。」

 「お前は後で原稿用紙一枚分の反省文提出だぞ。アイリス。」

 「そんな〜。」

 正門の前で立ち尽くす2人を制するのはこの学院の【生徒会】の【風紀委員】の委員長、【イリア=アダムス=ソラティア】。

少し翠の反射のする金色の青少年。

フィーアが今日転校してくることを事前に知ってる者の一人である。

 「それではフィーア令嬢。ようこそ、聖ルーナティア学院へ。」

 フィーアは逆さの城が浮かぶこの牢獄のような学院に招かれたお客様。

いや、姫様だろうか?。


招き入れられたフィーアは早速、アイリスに引率されながら校内を廻る。

上へ下へ、右へ左へ。

牢獄のような外観に内包されるは芸術品のような世界。

常に動く階段と廊下。

解放されてるようで見えない部分は見えない教室。

立ち入り禁止のテープでぐるぐる巻きに密閉された職員室。

隔離された準備室たち。

競技によって盤面が変わる校庭と体育館。

そして頂上に君臨するのはこの世界を統べる絶対的支配者の生徒会室。

 「以上がこの学院の全部だよ。」

 「そう。ありがとう、アイリス。」

 「えへへ。」 

 しかし、少し目を凝らすととこどころ、《立ち入り禁止》、《この先存在せず》、《お前を見ている》。


 時は廻って昼休み。

校庭が見える展望台のような食堂室。

 「いやー、今日だけとはいえ生徒会の奢りでメニュー食べ放題なのは良いね〜。」

 「あはは……。だからってそんなに食べなくても……。」

 狭い円形の机に並べられてるのはハンバーグ、スパゲティ、チャーハン、ラーメンなど見ても子どもが好きそうなご飯を並べるのはかのアイリス。

対してフィーアは、サンドウィッチとスクランブルエッグ、ソーセージにサラダとスープのまるでモーニングのような食事。

 「全く……。はしたないですよ。」

 「はぁい。ふみません。」

 「せめて口のものを飲み込んでから喋ってくれますか……。」

 ゴクン「はい。【クラウディア王女】様。」

 一級品のローストビーフ、パンにバター、小さいサラダにデザート、そしてポタージュ。

それらを運んで来たのは姫のドレスのような、しかし学院の制服とわかるようなデザインの服装と白い金色の長い髪の少女【クラウディア=アダムス=ルーナティア】。

ルーナティア王国の第一王女であり、この学院のお姫様。

誰もが憧れ、追い求め、欲しがり、嫉妬し、妬み、憎む、世界の生贄。

 「見ない顔ね。はじめまして、私は【クラウディア=アダムス=ルーナティア】第一王女。」

 「ご丁寧にありがとうございます。私は【フィーア=イブ=ルーティア】。この学院に転入してきました。」

 お互いに右手を胸に当てて敬意を評する。

場所は関係ない。

2人にとってはここが王の間なのだ。


 そんな優雅な時間は唐突な警報で崩れる。

 《[警告][警告][これより校庭は決闘会場へ移行します。現在、校庭で遊んでる生徒各員は直ちに校庭から退去せよ。][繰り返す][直ちに校庭から退去せよ。]》

 ガシャンガシャンと校庭から円卓のような闘技場が上がる。

警告表示とともに食堂の窓も、液晶画面のように闘技場を写した。

 (あれがこの学院の決闘制度。噂には聞いていたけれど……。)

 決闘の舞台に上がるのは2人の男子生徒。

方や黒ずくめの男子生徒。

もう片方は―。

 「あれ、イリア風紀委員長じゃないですか!?。」

 「あのバカ!。」

 白い聖騎士の姿をしたイリアであった。

時計塔の鐘が鳴る。決闘の合図だ。


 勝敗はイリアの圧倒的な完封勝利で終わった。

イリアは剣を掲げて勝利を宣言した。

そして沸き立ち、祝杯の拍手が食堂を揺らす。

 (凄い実力。だけれど……。)

 圧倒的な力は歪みを少なからず生み出す。

目立たず、静かに、こっそりと……。


 また時は飛んで放課後。

フィーアは学院の中に入っていた。

なぜそうなったかというと―。

 ここに来た初日ということもあって、授業へ参加することもなく校内を散策していると……。

 (「黒百合のお姫様。こっちよ。」)

 声に誘われて、校庭の裏路地へ。

深く、深く。

 (「そう。こっちよ。こっち。」) 

 招かれるは隔離された百合の花園。

白、オレンジ、黄色、ピンクなど咲き乱れる花園。

ただし黒を除いて……。


 オレンジの外側に白い内側、ピンクの光を放つ百合の花壇に囲われるは花園のお姫様。

クラウディアである。

 「あら、こんなところにお客様なんて珍しい。」

 昼の頃の優雅なドレスの制服と違って、今は村娘のような質素な制服。一般的な生徒と同じ制服。

 「私ね。ここにいるのが好きなの。」

 少女クラウディアは語る。

母がかつて百合の花園を丘いっぱいに咲かせていたこと。

黒百合は禁忌であること。

そして、花園であった黒百合のドレスを着た少女のこと。

 「お母様の残したこの百合たちを私は……。」

 ガランと侵入するのは白馬の聖騎士様。

先程までの高貴な権威は何処へ、年相応の生意気な姿勢と態度でクラウディアを見ている。

 「こんなところで花いじりとは相応しくないな。」

 「あんたには関係ないでしょ……。」

 「関係なくはない、お前は俺の花嫁だ。俺がしっかり面倒見ないとな……。」

 「人を管理しないと気が済まない独裁者ね。」

 「なんだと……。」

 「じゃあなんでこんなところに来たの?。」

 「それは……。」

 「それとも、お父様に言わて?。」

 「あ"ぁ"。」

 「まさに愚王ね。」

 「お前……、いい加減にしろよ。」

 ガシャンと棚の花壇が地に堕ちた。

 「気に入らないと暴力で解決しようするのは暴君ね。」

 「いい加減に!。」

 ガシッとイリアが叩こうとする手を掴む少女。フィーアである。

 「な"ん"だ"ぁ"、て"め"ぇ"。」

 「大人しく観ていれば、花嫁を暴力で従わせようとするのは、高貴な聖騎士様のすることじゃないね。」

 「ちっ、なら決闘で蹴りをつけよう。」

 「決闘?。あぁ、昼間の。」

 「昼間のアレとは違う。花嫁を賭けた決闘だ。」

 「ふーん。なるほどねぇ……。」

 「どうした。怖気付いたか?。」

 「いや別に。良いよ。受けてあげる。」

 「後悔するじゃないぞ。」

 カラン、カラン、と鐘の音が学院に鳴り響く。

決闘の合図だ。


 学院の中央にそびえ立つバベルの塔。

楽園へと続く神への頂き。

【楽園の花嫁】を巡る決闘の幕開けだ。

 「良く逃げずにここに来たな。褒めてやろう。」

 「それはどうも。」

 白い高貴な聖騎士の青少年と黒い服装の少女が向かあっている。

クラウディアはイリアに紫のバラを、そしてフィーアに黒い百合の花を。

 「先に花が散った方が負けだから……。あなた剣は?。」

 「剣?。」

 「知らないの?。もし降りるなら今よ。」

決闘にはお互いに剣が必要。

それは闘う意志の現れ。

それが世界の掟。

 「剣がない者は決闘の参加権がない。このまま俺の不戦勝で勝っても良いのだがな。」

 「その予定はないよ。」

 「なんだと。」

 ヒューと風を切ってやってる飛翔体。

訓練所に置いてある木剣がどこからともなく飛んできた。

 「これで問題ないだろう。」

 「ふっ、良いだろう。」

 カラン、カラン、と時計塔の鐘たちが鳴る。

 「っ!。イリア、この人もしかして!。」

 ガンッ。「俺の前に立つなクラウディア。鐘が響けば決闘の開始だ。茶々を入れるな!。」

 「1度ならず2度までも……。」

 「あいつは俺の花嫁だ。つまり、俺の所有物だ。」

 「前時代的。」

 カンッと交わる二つの刃。 

 「楽園に眠る禁忌の果実。それを食するのを許されるのは楽園の花嫁と神の子だ。」

 剣術は同等。されど男女の力の差がそのまま優劣になり、フィーアは徐々に追い込まれていく。

 「なかなかやるじゃないか。だがここまでだ。」

 「くっ……。」

 真剣とやりあってボロボロになった木剣が宙を舞う。

 「これで俺の勝ちだ。」

 ふさぁと長く流れる長い白い金色の髪。

なんと、クラウディアがフィーアを庇ったのだ。

 「何をするクラウディア!。」

 「剣の無い者からの勝利は禁止されています。」

 「ちょっと……。」

 「少し我慢してね。」

 クラウディアはフィーアに口付けをする。

抱いた2人はモノクロな百合の花園に沈む。

しばらくして、大きな百合の花が咲く。

 「何ぃ!?。」

 中から生まれるのは黒百合のドレスを着たフィーア。

 「なんだその服は。その剣は。」

 レイピアのような剣を持ったフィーアが白百合のドレスを着たクラウディアを抱き抱えながら、イリアに剣先を向ける。

 「調子に乗るなー!。」

 「はぁーぁ!。」

 二つの刃が交差する。

 「くっ……。」

 「これで俺の勝ち……。」

 その勝利宣伝はバラの花びらとともに散っていった……。

 「勝ったの……?。」

 「えぇ、あなたの勝ちよ。フィーア。」

 「そう……。」

 クラウディアがフィーアの手を包む。

その手は優しく、温かく。

 「これからよろしくね。お婿さん。」

 「えっ!?。」

 「「えっ!?」じゃないでしょ。これはそういう決闘なの。」

 「あはは……。なるほどね……。」

 賽は投げられた。

これから始まる物語の幕が上がる。


 ここは生徒会室。

紅から桃色の毛先のグラデーションの長い髪の青少年は双眼鏡で決闘場を覗き込む。

 「あのイリアを打ち負かすとはなかなかやるな……。」

 視線をイリアからクラウディアへ。

 「勝ち誇った楽園の花嫁もなかなか可愛いじゃないか。」

 そして視線は―。

 「彼女が新しい騎士様か……。」

 双眼鏡は彼の目を離れて床を覗き込む。

 「これも運命か……。」

 歯車はゆっくり動き出す。

運命の鐘を鳴らしながら……。

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