死にゲーRPG愛好家が現代ダンジョンに潜ったら
Ghoti
プロローグ
ソレが地中に現れたのは何時だったのだろうか。古今東西あらゆる地面を掘り尽くして掘り返された現代において、照らし合わせた様に世界中で同時多発的にソレが発見されたのは。
形状は様々、色身も様々、大きさも、緯度も経度にも関連性を見いだせず、共通している点と言えば、全体の一部を地上へ露出する形で地中に埋まっていたという所だけだ。
仮に形状の方向性が全て宝石関連で統一されている事を加味するのであれば、きっとその事も共通点と呼べるかもしれない。
一連の物語をあるものは宇宙人の仕業と呼び、あるものは誰かの悪戯と呼び、あるものは巨大な闇組織の陰謀と呼び、あるものは世界崩壊の序章と呼び、そしてあるものは、富の再分配と呼んだ。
後に『モノリス事件』と、ざっくばらんな括りで纏められてしまうのだけれど。
僕等がソレを始めて見たのは、というか、改めて見る事ができたのは。世界の異常から約三カ月が経った、ある初春の日の事である。
気が付けば僕等は、何の状況も知らないネットやテレビの大人達に、英雄として持ち上げられていた。担がれ、祀り上げられていた。
あるいは、忌み嫌われていたのかもしれない。
とはいえこれは僕等にとって寝耳に水の話で、そして僕にとっては全く以てどうでもよい話だった。
なぜならば世間にとっての物語とは、現在こうして僕等が無事に帰って来た時点で既に最終章を迎えていたというのに。
僕にとっての一連の物語は、未だプロローグを終えたばかりだからだ。
使い古された、ありきたりな表現だけれど。
僕はもう、元の自分には戻ることが出来ないだろう。
それは精神的な理由でもあり、肉体的な理由でもある。
世間がモノリスと呼ぶ謎の物体に、魅入られてしまった人物ならば誰もがそうだ。きっと、そう遠くない内に彼女等とも合流するだろう。
美しく残酷な。昏い、彼岸にて。
……なんて、仰々しく語りだしてみたけれど、しかし別にこれは叙事詩でも英雄伝でも何でもない。
醜く足掻いた者達による、陳腐で矮小な、笑えないギャグストーリーだ。
あらゆる依存者と同じく、単に中毒者と変わらず、その事だけしか考えられなくなってしまっただけに過ぎないのだから。
毎日消費者金融に駆け込んではギャンブルにつぎ込む人間と同列に考えれば、幾分か格落ちもするだろう。
だから敢えてもう一度、使い古されたありきたりな言葉で一連の物語を始めようと思う。
―――あんなもの、世間にとっては3カ月の出来事で、僕等にとっては3日間の奇譚で、僕にとっては人生のプロローグでしかない。と。
◇
高校二年生の冬休み前日。
終業式を終えてハイさよならと教室から飛び出した僕は、そのまま真っすぐ家に帰ろうとしていた。
これだけを聞くと、まるで僕が孤独を愛する少年の様に思えるかもしれないが、別段一人が好きな訳でも、クラスに友達が居ない訳でもない。
だからといって小学校に入学して以来10年間、長期休暇の前日に決まって教室で繰り広げられる中身の無い会話には流石に辟易としていたけれど。
そうして直帰組の波に混ざり校門を潜ろうとした瞬間。突如として眼前に黒い棒が現れた。
こう、地面から、ニュっと生える様に。
まるでCGの如く、限りなく不自然に。且つ、ごく自然に。
地表に出た長さは2メートル程、直径はおよそ30cmくらいだ。形状は水晶の原石の様で、学生風に言い換えるならば鉛筆の先端の様な形をしていた。
何が不自然かと言えば、そんなにも大きな物がコンクリートを突き破って出現したのにもかかわらず、地面には一切のひび割れが存在していないのである。
周りにいた生徒等はさぞや驚いた筈だ。
かく言う僕も逆に冷静になれるくらいには驚いていた。
だが、あまりにも唐突な出来事だったからだろう。僕だけに限らず、周囲の反応としては驚愕よりも困惑の方が勝っていた。絶句し、硬直し、誰も動こうとはしない。さりとて何事もなく帰ろうとする者は皆無である。
数秒か、はたまた数十分か。時間の感覚さえ曖昧になり始めた頃になってようやく、徐々にざわざわとした喧噪が取り戻されつつあった。
流石というべきか。それとも所詮というべきか。直帰組の中でもそれなりに好奇心の強い男子生徒が、半笑いを浮かべつつ、その黒く細長い水晶に触れようと手を動かしながら前に出た。
周囲の人間は誰も止めに入らなかった。傍観と静止を貫き、唯々とその英雄の顛末を見守っていたのだ。
僕も他の生徒も、やはり黒水晶に対する興味は持ち合わせており、そして帰るにしても警察に連絡するにしても、彼の様子を見届けてからで構わないと心のどこかで考えていたのだろう。
だが、結果としてその選択は間違いだった。
黒水晶が現れた瞬間に、もしくは英雄紛いの愚者が黒水晶に触れようとしたその前に。何を置いても逃げるべきだったのだ。
妙な好奇心などは出さず、一目散に。やはり、直帰するべきであったのだ。
何も始まっていないのに、何も終わっていないのに、漠然とそう思う。
しかし体は思考と逆に言う事を聞かなかった。まるで足を掴まれているみたいに、ぴくりとも動かないのである。
僕はその時になってようやく気が付いた。
周りの生徒も僕と同様に。動かないのではなく、動く事ができないのだと。
傷口を見れば思わず顔を顰めてしまうくらいの生理現象で、人を殺めてはいけないのと同じくらいの共通認識で、神社仏閣を破壊するのと同等の、得も言えぬ潜在的な―――禁忌の感覚。
人類史が始まって以降代々と脈々と子々孫々に受け継がれてきた本能とやらが、血相を変えて警鐘を鳴らしていたというのに。それを無視した結果がこのザマなのだから、我ながらマヌケにも程がある。
僕は思わず件の男子生徒を止めさせようと声を上げた。だけどそれは声にならない声だった。
彼は偶然想い留まる訳もなく、予定調和の様に黒水晶へと触れる。
ヒタリ。実際には何の音も鳴っていないのだろうが、そんな擬音さえも聞こえてくる様な不気味さに、僕の全身が悪寒に包まれる。
それは本当に刹那の間だった。瞬きをする様に視界が切り替わり、気が付けば当時その場にいた全員が。
草原の真ん中に突っ立っていた。
当ても無く、果ても無く。無限に連なる小高い丘陵の頂きに。
ただ、ポツンと。
世界の端っこに寄せ集められたと思わせる程の侘しい自然の中に。如何なる因果も、正当性も無しに。無力で非力な高校生がたったの20数名だけで、放り出されたのだ。
ただし、我ながら呑気なもので。振り返ったままで硬直する英雄様の、酷く間の抜けた顔は、暫く忘れられそうに無かった。
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