第44話 ニグルライト
俺は大きく息を吐き、達成感を噛み締める。
これで復讐は果たされた。俺がこの手で殺した仲間たちも浮かばれるだろう。
もう思い残す事はない。……ない筈だった。
俺は頭上に佇むレティシアを見上げた。
「……シン。……あの……方は?」
その時、俺の思考を遮る様に姫様がレティシアを見ながら言った。
姫様の目は元の色に戻っており、狂化の呪いは完全に解けている。
しかし姫様の身体は震えていた。それは正気に戻ったシェスタや他の騎士たちも同じだ。
全員が全員、レティシアから目が離せずに身体を震わせている。そして、バタバタと倒れる者が続出した。
死への恐怖に耐えきれなかったのだろう。
それはシェスタも例外ではなく、耐えられているのは姫様だけだった。
……これ程までに強力な物なのか。
死の呪い。
漠然と理解はしていたが、全然足りていなかった。
胸がキュッと締め付けられる。
レティシアは母親の形見を失ってまで、この場にいる全員を救ったのだ。それなのに感謝の一つもされず、ただ恐怖されている。
俺はその事実が悲しかった。
……こんなのあんまりだ。
あまりにも報われない。だから俺はレティシアに向かって叫んだ。
「レティシア! キミのお陰で助かった! 本当にありがとう!」
だからせめて俺だけでもしっかりと感謝を贈ろう。それが出来るのは世界中で俺だけなのだから。
「……シン?」
「ここにいる全員を救ったのはキミだ!」
「……シ、シン! ……すこし……その……恥ずかしいから」
レティシアは慌てた様に言うと頬を赤らめた。
その姿が
……ん? なんだ……これ?
今まで感じたことのない感覚だ。胸に手を当てると心臓の鼓動が速くなっていた。
その理解不明な感情に首を傾げていると姫様が俺の名を呼んだ。
「――シン。……今、レティシアと言いましたか? ……彼女は、レティシアと言うのですか?」
どこか鬼気迫る様子の姫様が聞いてきた。
「そう……ですが?」
姫様の様子に圧倒されつつも俺は頷いた。
すると姫様は大きく目を見開いた。
そして震える身体を無理矢理に動かし、膝を突く。その振る舞いはまるで王に対する物のようだった。
「……姫様?」
俺は訝しげに名を呼ぶ。
しかし姫様は俺の声には応えず、レティシアに向かって声を張り上げた。
「レティシア様! 貴女様はレン様とシリル様のご息女レティシア=ニグルライト様ですか!?」
「……え?」
俺の口から呆けた声が漏れた。
ニグルライト。
それはかつての勇者、そして
……そう……か。
点と点が今、繋がった。
レティシアが
レティシアがレン=ニグルライトの手記を持っていた理由。
レティシアに呪いを掛けた存在は既に死んでいるという事実。
もしかしてレティシアの死の呪いは
そんな予感が頭に過った。
もし、
その時に死の呪いを掛けられたのなら、全ての辻褄が合う。
しかしてレティシアは頷いた。
「……そう。……二人は両親」
その声はすぐ耳元で聞こえた。おそらくはレティシアの魔術だろう。
「……やはり! ……では王城へとご足労いただけませんか? 我が祖先、ユークラス=ハイルエルダーの遺言で――」
しかしレティシアは首を振って姫様の言葉を遮った。
「――できない」
「え……?」
まさか断られるとは思っていなかったらしく、姫様は困惑していた。
いつもの言葉足らずだ。
できないという言葉だけでは姫様もわからないだろう。
「姫様。レティシアは死の呪いに侵されています。今、姫様がレティシアに対して感じている恐怖も呪いによる物です。そしてこの呪いは近付く者を死に至らしめる。だから行きたくても行けないんです」
「……死の……呪い……? ……うそ……そんな…………まさか……」
姫様は口元に手を当て、目を見開きながら地面に手をついた。そして揺れる瞳で俺を見る。
「………………シン。……まさか……まさかレティシア様は死塔の魔女なのですか?」
「はい。ですが彼女は化け物なんかではなく……姫様?」
俺の言葉が聞こえていないのか、姫様は何かを呟いていた。
「……そんな……私たちは……なんて仕打ちを」
姫様は自らの肩を抱いて震えていた。瞳孔が開き、目の焦点が定まっていない。
その尋常ならざる様子に俺は姫様の前にしゃがみ、肩を揺すった。
「姫様? 大丈夫ですか?」
「あっ……。ごめんなさい」
すると姫様は我に返り、俺を見た。
「何があったのですか?」
聞くと、姫様はポツリポツリと語り出した。
「……シンも知っていると思いますが、私の祖先にはユークラス=ハイルエルダーという人物がいます。五百年前、レン様と共に魔王を討伐した英雄であり、滅びかけていた王国を立て直した偉人です」
ユークラス=ハイルエルダー。
王国民ならば誰でも知っている偉人だ。歴史に詳しくない俺でさえも知っている。
魔王の手によって滅びかけていた王国を救った英雄だ。
民の間では英雄王と呼ばれている。
俺の知っている歴史では勇者はユークラスだとされていたが、そこらへんは事実と異なる様だ。
「ユークラス様の遺言にはいつか勇者レン様と聖女シリル様のご息女であるレティシア様が現れた時、王族と同じ扱いをしなさいという物があります。……そんなお方を私たちは死塔の魔女などと呼び、よもや処刑人なんてものを押し付けてしまった……」
「……アリシア」
名を呼ばれ姫様は空に佇んでいるレティシアを見た。
するとレティシアも姫様を見て、ゆっくりと首を振る。
「……わたしはもう気にしてない。……そのおかげでシンにも会えたし」
「ですが……」
「……それに遺言はもう一つあるでしょ?」
「……その通りです。死塔にはバケモノが住んでいる。故に誰も近付けさせるな。これもユークラス様の遺言です。……知っていたのですか?」
「……ん。……これに書いてある」
そうしてレティシアが虚空から取り出したのはレン=ニグルライトの手記だった。
「……ここにはお母さんがユークラスさんにそう遺言を遺させたって書いてある。……死の呪いに侵されたわたしに近づけさせないようにって」
……なるほど二つの思惑がある訳か。
死塔には近付けさせるな。これは民を死の呪いから守るため。
レティシアを王族として扱え。これはレティシアから死の呪いが消えた時の布石。
どちらもレティシアのために考えられた遺言だ。
「……だから死塔流しという刑が生まれるのも理解はできる。……でも鬱陶しいから今後はやめて?」
「……帰国次第即刻辞めさせます」
「……ならわたしはそれでいい」
姫様は納得できない様だったが、やがて頷いた。
「………………わかり……ました。ですが今後、何かあればお知らせください。ハイルエルダー王家として出来る限りのことはするとお約束します」
「……ん。ありがと」
そう言うと、レティシアは優しく微笑んだ。
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