第43話 浄呪杖レーステイン

 気付けば狂乱していた騎士たちが全員立ち止まっていた。そして、まるで時が止まったかの様に天空へと視線を向けている。

 それは俺や姫様、ゲーティスですらも例外ではなかった。


「なんだ……なんなんだ! あのバケモノは!!!」


 ゲーティスはただ震えていた。

 その表情にあるのはただ一つ。死への恐怖。

 それは狂乱した騎士たちでさえも例外ではなく、正気を失いながらも抗い難い死の恐怖に震えていた。


 それが死塔の魔女レティシアが戦場に降臨した瞬間だった。


「……レティ……シア?」

「……ん。……もう大丈夫。……安心して」


 レティシアは俺に向かって頷くと、手に持っていた杖を天に掲げた。

 空を覆い尽くすほどに巨大な魔術式が杖を中心に記述されていく。


 ……え?


 そこで俺は気付いた。

 レティシアが掲げている杖。その持ち手が母親の形見である聖杖せいじょうレーステインの物だと。

 しかし、杖頭に付いていた宝石が変わっている。そこから感じられるのは濃密な死の気配。

 間違いない。その宝石は俺たちが死界樹海しかいじゅかいで手に入れた魔石、死滅龍エルドグランデの魔石の破片だ。

 それが意味する事実は――。


「どうしてだレティシア!!! それは大切な物、母親の形見なんだろう!?」


 レティシアは大切な形見を分解し、魔導具を作り上げたのだ。

 しかしレティシアはゆっくりと首を振った。


「……大切だよ。……でもねシン。……いまのわたしにとってはシンの方が大切。……形見は過去の物でしかないから」


 レティシアはそう言ってと笑みを浮かべた。


「……レティシア」

 

 俺はその言葉に、笑みに言葉が出なかった。

 

 そしてレティシアは言葉を紡ぐ。


「……浄呪杖じょうしゅじょうレーステイン。……起動!」


 空を覆う魔術式が純白の輝きを放ち、回転する。

 すると戦場にいた全ての人間から黒い靄が溢れ出した。その靄を浄呪杖レーステインに取り付けられた死滅龍エルドグランデの魔石が吸い上げていく。


「そんな……馬鹿な! 呪いが……! 呪いが消えていく!」


 ゲーティスは呪いをかき集めるかの様に、空へ向かって手を伸ばした。しかし黒い靄はゲーティスの手をすり抜けていく。


「さ、させるかぁぁぁあああ!!!」


 そしてゲーティスは激昂した。

 手のひらをレティシアへと向けて魔術式を記述する。放つは先程と同様の黒雷。

 

 しかし相手は最強の魔術師レティシアだ。いくら魔王の配下といえど勝てる相手ではない。


 レティシアは黒雷を一瞥すると、一瞬で立体魔術式を記述した。


「……なっ!?」


 ゲーティスがレティシアの途轍もない技量に目を剥いた。

 そして黒雷はレティシアに当たる寸前で、生み出された空間の歪みに呑み込まれる。直後、ゲーティスの背後に黒雷が出現した。


「ぐぁぁぁあああ!!!」


 ゲーティスは黒雷に焼かれ、地面に膝を付く。


「……自分の魔術に焼かれる気分はどう?」

「おのれ! おのれおのれおのれぇぇぇえええ!!!」


 ゲーティスに先程までの余裕はなかった。

 嘲笑も、人を馬鹿にした様な態度も全て消えている。

 だけど頭は冷静だったらしい。顔を憤怒に染めながらも懐からなにかの結晶を取り出した。


「……貴女が何者かは分かりませんが、ここは大人しく退くとしましょう!」


 そしてゲーティスは結晶を手のひらで砕く。すると空間が歪んだ。


「レティシア!」


 俺はすぐに空間魔術だと悟った。

 今こいつに逃げられるのはマズイ。その一心でレティシアに向けて叫ぶ。

 しかしレティシアは何もしなかった。何もする必要がなかったのだ。


 ゲーティスが姿を消し、再び現れた。

 俺の目の前に。それも下半身が地面に埋まった状態で。


「……な……に?」


 ゲーティスの顔が絶望に染まった。


「……シン。……もう逃げられない。……だから気の済むまで」

「ああ。ありがとう。レティシア」


 俺はレティシアに頷くと不壊剣レスティオンを拾う。


「……楽に死ねると思うなよ?」


 そしてゲーティスの肩に不壊剣レスティオンを突き刺した。


「ぐぁぁぁあああ!!! くそが! くそがくそがくそがぁぁぁあああ!!!」


 悲鳴と罵声がこだまする。

 だがこんな物で許してなるものか。こいつにはこの世全ての苦しみを与えないと気が済まない。


「……これからお前を削いでいく」


 俺は不壊剣レスティオンを肩から引き抜き、振るう。するとゲーティスの右耳が彼方へと飛んでいった。

 汚い悲鳴が響き、血が頬を伝う。


「……次」


 そしてもう一度。もう一度。もう一度。

 幾度となく不壊剣レスティオンを振るい、ゲーティスの身体を削いでいく。するとものの数分でゲーティスの反応が鈍くなってきた。


「起きろよ。まだ終わりじゃないぞ?」


 肉が剥き出しになった腹に手を添える。


「がぁっ……」


 しかしそれでも反応は鈍いままだった。


 ……頃合いか。

 

 まだまだやりたい事はあるが、仕方ない。

 俺は大きくため息を吐くと、骨が露出したゲーティスの頭部を鷲掴みにする。

 そしてその首元に不壊剣レスティオンを押し当てた。一思いには殺さない。俺は刃をゆっくりと進めていく。


「ごぽっ」


 粘り気を帯びた音がゲーティスの喉奥から鳴った。しかし無視して刃を進める。

 そして刃が中程まで到達したところで、ゲーティスの身体が一際大きく震えた。全身から力が抜け、頭を掴んでいる腕に体重が掛かる。


「……終わりだ」

 

 俺は一度不壊剣レスティオンを引き抜くと、目の前にあるゲーティスの首を刎ねた。

 首が宙を舞う。そして地面に落ちる前に塵となって消え去った。後に残ったのは紫色の魔石のみ。

 レティシアに視線を向けると、彼女は首を振った。


「……いらない」

「……ありがとな」


 礼を言うと、俺はゲーティスの魔石を踏み潰した。

 魔石でさえもこの世に残ることは我慢ならない。それはレティシアも同じだったのか粉々になった魔石に炎属性魔術を放ち、文字通り跡形もなくこの世から消し去った。

 

 俺はレティシアに向けて拳を突き上げる。

 するとレティシアも控え目ながらに拳を突き上げた。

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