第33話 元帥
「報告します! 左翼に仮面の男が出現! 魔人と交戦を開始しました!」
アリシアは第一騎士団の陣地でその報告を受けた。
左翼が壊滅状態と報告を受けた時は焦ったものだが、同時に期待もあった。
そしてその期待通り、仮面の男は現れた。
……やはり仮面の男は味方みたいですね。
ホッと胸を撫で下ろすとアリシアは伝令に告げる。
「……報告ありがとうございます。下がってください」
「はっ!」
伝令がアリシアの元を離れていく。
……こちらは何事もなければいいのですが。
アリシアは視線を前へと向ける。
その先では戦闘が繰り広げられていた。魔術が乱舞し、怒号が響き渡る。
第一騎士団もわずかな騎士を残して出撃していた。
副団長であるシェスタも今は戦場で戦っている。
……中央は膠着状態。魔人はどう出るでしょうか。
アリシアの予想では、仮面の男の元へ投入されると思っていた。
……もし予想通りの伝令が来れば、私が出撃して制圧するのも手で――。
直後、戦場で轟音が響き、アリシアは思考を中断させた。見れば前方で爆炎が上がっている。
「何……が……」
その時、アリシアのすぐ隣を何かが通り過ぎ、天幕を破壊した。アリシアは何かが吹き飛んでいった先へと視線を向ける。
「……シェス……タ?」
そこ居たのはシェスタだった。
鎧が粉々に砕け、右半身に重度の火傷を負っている。
「……シェスタ!」
アリシアはすぐに駆け寄り、魔術式を記述する。
シェスタはぐったりとしていて意識がなかった。
――光属性回復魔術:
シェスタの火傷や裂傷が瞬く間に癒えていく。やがてシェスタは意識を取り戻した。
「……ひめ……さま?」
「シェスタ!? よかった。何があったのですか?」
「帝国……軍……元帥を……名乗る者が――」
「――見事な回復魔術だな」
シェスタの言葉を遮り、声がした。
アリシアは弾かれたように声の方へと視線を向け、
そこには男がいた。
短い黒髪に黒い目を持つ男だ。
身長はアリシアよりも一回りほど大きく、身の丈程の大太刀を背負っている。
年齢は初老と言った所だろうか。
しかしアリシアは全くもって老いているという印象を受けなかった。それは男が纏う洗練された覇気の所為だろう。
……これは……危険ですね。
アリシアの額に冷たい汗が伝う。
これほどまでに圧倒的な存在感があるのにも関わらず、アリシアは声を掛けられるまで気付けなかった。
正直言って異常と言わざるを得ない。それだけこの男の実力が飛び抜けているという事だ。
「貴方は……何者ですか?」
声が震えそうになるのを抑え、アリシアは聞いた。
男は尊大に名乗りを上げる。
「オレはヴィクター。帝国軍元帥ヴィクター=エクリプスだ」
ヴィクター=エクリプス。
実力主義の帝国軍で元帥という最高位に君臨する男だ。
今からおよそ三十年前、史上最年少の二十歳という若さで元帥にまで上り詰めた天才。
別名、
その名をアリシアは嫌というほど知っていた。というよりもこの大陸でその名を知らぬ者はいないだろう。
単騎で魔王討伐を成し遂げた
性格は生粋の戦闘狂。
強き者が居れば単騎で倒さねば気が済まないという性分を持つ。
「それで、オレが名乗ったからには貴殿にも名乗って貰おうか?」
「私は第一騎士団長アリシア=ハイルエルダーです」
アリシアの名乗りを聞いてヴィクターはその顔に笑みを浮かべた。
「
ヴィクターは背の大太刀を抜いた。
柄から刃に至るまで全てが漆黒の大太刀だ。
「姫騎士アリシア=ハイルエルダーよ。ヴィクター=エクリプスは貴殿に一騎討ちを申し込む!」
途中で斬りかかろうとは思えなかった。
ヴィクター=エクリプスという男にそんな隙は存在しない。そんなことをしようものならその場で戦闘になる。
アリシアはそう確信していた。
そうなると確実にシェスタや騎士たちを巻き込んでしまう。
「シェスタ。皆を連れて退避してください。巻き込まない自信がありません」
「ですが……姫様」
「私は大丈夫です。早く行ってください」
「……ッ! ……わかり……ました。……ご武運を!」
シェスタは悲痛に顔を歪めながらも従った。
自分が足手纏いだとわかっていたからだ。
ヴィクターは二人のやりとりを邪魔する事なく見ていた。そしてシェスタや騎士たちが退避するのを見届けてから口を開く。
「終わったか?」
「ええ。――光よ!」
アリシアが
すると光が降り注ぎ、五つの
「ハイルエルダー王国、第一騎士団長アリシア=ハイルエルダー。一騎打ちをお受けします!」
アリシアの言葉を聞いたヴィクターは笑みを深める。
そして大太刀を構えた。
「その意気やよし! ならば存分に殺し合おう!!!」
その瞬間、ヴィクターの身体から濃密な殺気が溢れ出した。
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