第32話 鳥魔人

 翌日、左翼には第六騎士団と第七騎士団、そして第三魔術師団が布陣していた。

 昨日は第六騎士団だけだったのだが、炎魔人えんまじんのような存在を警戒して、総指揮官が増援を送った結果だ。

 

 しかしその判断はいたずらに犠牲者を増やすだけとなった。


「ほらほら! 全滅しちゃうよ!?」


 左翼最前線では鳥の特徴を持った女性の魔人が猛威を振るっていた。魔人が腕を一振りするだけで暴風が巻き起こり、周囲の騎士たちを吹き飛ばす。

 空からの一方的な虐殺を防ぐ手立てが王国にはなかった。

 

 騎士団長二人と魔術師団長一人で攻撃を防いでいるが、死者の数は刻一刻と増えていく。


 そんな絶望的な状況の中、戦場に仮面の男が姿を現した。

 



「……シン」

「ああ」


 俺は惨状を映し出している石板を見ながら頷く。

 そこには半人半鳥の魔物、鳥人間ハルピュイアの特性を与えられた魔人が王国騎士たちを薙ぎ倒していた。

 腕を一振りするだけで、王国騎士が冗談のように吹き飛んでいく。

 その惨状はまさに地獄絵図だった。


「ここから巻き返すのは不可能だろうな」

「……ん」


 俺の言葉にレティシアが頷く。


「姫様のところに出てくれれば手柄になるんだがな……」


 俺の目的は姫様を王にする事だ。

 だから明確な手柄を挙げてほしい。それには魔人がうってつけだ。

 しかし避けているかのように中央には現れない。

 ならば俺がいくしかない。


「俺の出番……か。……レティシア。これは罠だと思うか?」

「……ん。……あの魔人はわざと被害を拡大させる戦い方をしている。……おそらくシンを誘き出す為の罠」


 敢えて昨日と同じ状況を作り出している。

 ならば俺が現れたタイミングで仕掛けて来るはずだ。

 

「……だよな」

「……でもシンなら問題ない。……そうでしょ?」

「間違いないな。……たとえ罠だろうと、薙ぎ倒せばそれで済む。だけど気になる事もある」

「……なに?」

「いや、俺を誘き出すならもっとがいると思ってな」

「……確かに」

「まあ考えても仕方ないか」


 もしかしたら俺が行けば援軍として現れる可能性もある。そう結論付け、俺は仮面を被った。

 そして椅子から立ち上がる。


「……レティシア。転移を頼む」

「……ん。……気を付けて」


 そして次の瞬間、俺の視界は切り替わった。

 目の前では団長三人が鳥魔人と争いを繰り広げている。


 俺の気配を察知した四人は一斉に俺へと視線を向けた。


「……お前、一体いつからそこにいた?」


 鳥魔人が攻撃を中断し、低い声を出した。

 その言葉を俺は無視する。そして大声を張り上げた。

 

「聞け! 王国騎士たちよ! こいつは俺が倒す! 邪魔にならないように下がっていろ!」


 俺は敵味方関係なく殺気を撒き散らした。

 騎士団長と魔術師団長があまりの重圧に後退る。


「聞いていたな?」


 俺が低い声で言うと、団長たちは頷いた。


「……あ、ああ。撤退だ! 生きている者は全員下がれ!!!」


 そんな中、鳥魔人は身体を折り曲げて笑っていた。


「ははは! あはははは!!! 俺が倒す? フェルクスを殺ったぐらいで随分と調子に乗っているなぁ!」


 フェルクス。おそらくは炎魔人の事だろう。だが既に殺した敵だ。どうでもいい。

 

「御託はいい。さっさと始めるぞ」


 俺は不壊剣レスティオンを肩に担ぐと、左手の人差し指を立てた。そして挑発するように曲げる。

 たったそれだけの挑発で鳥魔人は額に青筋を浮かべた。


「いい度胸じゃねぇか!」


 上空で鳥魔人が腕を振るう。

 すると風が渦を巻き、竜巻が現れた。


 だが、このぐらいならばなんの問題もない。

 俺は不壊剣レスティオンを振るい、剣風で竜巻を蹴散らした。


「なんだ? その程度か?」

「言ってろ!」


 鳥魔人が魔術式を五つ記述する。

 すると鳥魔人の周囲に同数の竜巻が出現した。


「行け!」


 鳥魔人が手を振り下ろす。すると五つの竜巻が地面を削りながら押し寄せてきた。


 ……馬鹿正直に付き合う必要もない。


 俺は竜巻を引きつけると、縮地を使い右斜前方に移動した。それで俺と鳥魔人の間に邪魔な竜巻が無くなる。

 そしてもう一度縮地を使用、空中の鳥魔人へと肉薄した。


「なっ――!?」

「墜ちろ」


 俺は上段から不壊剣レスティオンを叩きつける。

 鳥魔人は咄嗟に腕を交差、魔術式を記述し風の防壁を作り出した。

 だが俺の膂力には敵わず、地へと墜ちる。


「もう終わりか?」

「んな訳ねぇだろぉがよぉぉぉおおお!!!」


 鳥魔人が身体を起こし腕を振るう。

 すると広範囲に渡って暴風が吹き荒れた。


 俺は不壊剣レスティオンを振るい、一瞬にして暴風を蹴散らす。

 するとそこに鳥魔人の姿はなかった。


 魔力を探ると、反応は遥か先にあった。

 とはいえ追いつけない距離ではない。俺は縮地を使い、一瞬で追いついた。


「ちっ! 早すぎんだろ!」


 鳥魔人が振り返り悪態をつく。

 俺はその横っ腹に蹴りを叩き込んだ。


「ぐあっ――」

 

 鳥魔人が吹き飛び、地面を転がっていく。

 とそこで、遠方に大きな魔力反応を感知した。


 ……援軍か。魔力反応からして魔人だろうな。


 やはりと言うべきかこの鳥魔人は罠だったようだ。

 空を飛べる魔人を配置して俺を誘い出し、他の魔人が集結するまで逃げ回る。そして集結した瞬間に全員で叩くといったところか。

 いい作戦ではある。

 だが――。

 

 ……俺が集結するまでにコイツを殺せないとでも思っているのだろうか。


 もしそうならば甘いと言わざるを得ない。


「あはは!!! これでお前は終わりだ!」

「援軍が来たぐらいで大袈裟だな」


 距離からして援軍がこの場に辿り着くまでは三十秒と言ったところか。


 ……簡単だな。


 俺は縮地を使い、鳥魔人に肉迫。そのまま不壊剣レスティオンを振るう。

 鳥魔人も咄嗟に腕を振るい、暴風を作り出した。


 迫り来る暴風。それを俺は不壊剣レスティオンで吹き飛ばす。

 そしてそのまま再度縮地を使用。鳥魔人の懐に入ると、その右腕を斬り飛ばした。

 一瞬遅れて真っ赤な血が噴出する。


「驚いた。魔物に改造されていても血は赤いんだな?」

「くっ! 貴様! 知っているのか!?」

「なにをだ?」


 俺がとぼけて見せると、鳥魔人は悔しそうに歯軋りをした。


「死ね!!!」


 鳥魔人が残った左腕を振るう。

 すると例の如く、暴風が生み出される。しかし今度はその範囲が広かった。

 視界を遮られ、鳥魔人の姿を見失う。

 その瞬間に魔力感知を広げると、鳥魔人の魔力反応が遠く離れていく所だった。


「死ねと言いながら逃げか……。随分消極的だな」


 俺は縮地を使い、一瞬にして鳥魔人に追いつく。

 そして無防備な背中に不壊剣レスティオンを突き刺した。


「ぐぁぁぁあああ!!!」


 絶叫を上げる鳥魔人。

 そして不壊剣レスティオンを抜こうと暴れ回る。

 だから俺は鳥魔人を串刺しにしたまま地面に不壊剣レスティオンを突き刺した。

 これで鳥魔人は逃げることができない。

 地面に血溜まりが広がっていく。


「貴様ァ!!! 貴様ァ!!!」

「暴れるな。死期が早まるぞ?」

「ぐそがぁぁぁあああ!」


 鳥魔人が残った左腕で魔術式を記述する。


「往生際が悪い」


 俺は呟くと、魔術式ごと左腕を踏み潰した。


「ぎゃあああああ!!!」

 

 骨が砕ける嫌な音が響く。


「頭を潰されたくなかったら大人しくしていろ」


 やがて鳥魔人は呼吸をするだけとなった。


 生かしたのには訳がある。

 出来れば他の魔人から情報を引き出したい。


「さて、こいつは人質として機能するかな」

 

 だから俺はそのまま、援軍を待った。




「……遅かったな」


 援軍は四人だった。


 地面にいるのが二人、飛んでいるのが二人だ。

 全身が岩で覆われた岩石魔人。

 全身が透明な水で構成されている水魔人。

 背から翼を生やし、槍を持った翼魔人。

 そして最後が大剣を背負い、竜の特性を持った竜魔人だった。


 ……一番強いのは竜だな。


 身のこなしでわかる。武術の心得がある人間だ。


 ……だけどヤツじゃないな。


 魔人の中では一番強いだろう。だが俺の想定した人物はもっと強い筈だ。

 帝国軍の最大戦力、刀鬼とうき

 本気で俺を排除しようとするならば、ヤツを連れて来るべきだ。


 ……温存か? それとも魔人で事足りると思われている?


 どちらかはわからないが、警戒するに越したことはないだろう。この四人で俺を弱らせてから刀鬼とうきを投入し、確実に殺す作戦の可能性もありえる。

 

 そんなことを考えていると竜魔人が口を開いた。


「……リズ。生きているか?」

「……なん……とか」


 リズと呼ばれた鳥魔人は息も絶え絶えに返事をした。


「お前がソイツらのリーダーか?」

「……いかにも我が魔人たちのリーダーだ」

「なら話は早い。お前らで全部か?」

「その問いに答えるとでも思っているのか?」


 俺は大きくため息を吐く。


「状況がわかっていないみたいだな?」


 ……あまりやりたくはないが、仕方ない。


 俺は心の中で呟くと、不壊剣レスティオンを捻った。


「がぁぁぁあああ!!!」


 鳥魔人の口から絶叫が迸る。

 しかし竜魔人は表情すら動かさない。それで俺は察した。


 ……無駄だな。こいつらの関係性は仲間って訳じゃない。


「……よくわかった。じゃあ――」


 俺は不壊剣レスティオンを引き抜き、鳥魔人の首を刎ねた。


「――始めるとするか」

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