第24話 開戦

 翌日、アリシアは第一騎士団、約一万を率いて戦場に立っていた。隣には副団長であるシェスタが控え、その手には金獅子が刺繍された旗があった。

 見れば第一騎士団が布陣している至る所に、金獅子の旗が掲げられている。

 これが姫騎士アリシア=ハイルエルダーが率いる第一騎士団の象徴だ。


「……あれが帝国ですか」


 遠方に見えるのは国境線の先に展開する夥しい数の人の群れ。その全てが武装し、侵略の時を今か今かと待っている。


「兵数には大きな差は無さそうですね」


 シェスタの言葉にアリシアは頷く。


「そうですね。問題は強者が何人いるか、ですが……」


 アリシアがざっと見ただけでも明らかに強者とわかる人物が何人もいた。そういった人間は装備が高価な物になるので遠方からでも非常に分かりやすい。


「流石帝国と言わざるを得ませんね」

「そうですね。ですが姫様ほどではないでしょう」


 シェスタは胸を張って言った。それにアリシアも頷く。

 己より強いと断言できるバケモノはいなかった。


「今のところは……ですけどね。ですが油断は禁物です。足元を掬われますよ?」

「こんな大規模な戦で油断なんてしませんよ。……それに、私は姫様ほど強くはありませんので」


 シェスタの言葉に、背後に控えていた騎士たちは表情を引き攣らせた。

 

 姫様より強くはない。

 その通りではあるのだが、いつも訓練を共にしている騎士たちからすればシェスタも十分バケモノなのだ。

 そんな騎士たちの思いなど露知らず、騎士団長と副団長は帝国軍を見つめる。


 その時、帝国軍の中央で動きがあった。


「来ますね」


 アリシアが呟いた時、突如として前方に巨大な魔術式が浮かび上がった。


「炎の大規模魔術です! こちらも大規模魔術で迎え撃ちます!」


 アリシアはいち早く魔術式を解読し、命令を下す。


「シェスタ! 氷をお願いします!」

「はい!」


 シェスタの属性は水だ。その為、上位属性である氷属性も扱える。

 

白冷嵐舞はくれいらんぶを使用します! 水属性の騎士は私に続け!」

「「「はっ!」」」


 シェスタの号令に水属性の騎士たちが応える。

 

 第一騎士団は剣と魔術、その両方が扱える魔剣士で構成されている騎士団だ。

 その為、どちらかしか扱えない騎士はいない。

 故に魔術師団の随行なしでも大規模魔術が行使できる。

 

 空中に魔術式が記述されていく。それは帝国が記述している魔術式と大差ないほどに巨大な魔術式だった。


 やがて帝国の魔術が完成、帝国軍の前方に燃え盛る業火が姿を現す。


「あれは、獄炎ですね」


 アリシアが前方を見つめ、呟く。

 大規模術式で使用された魔術とあって、大軍を滅ぼせるほどの火力を持っている。

 かなりの距離があるのにも関わらず、その熱波は王国軍にも届いていた。

 しかし、シェスタの顔に動揺や恐れはない。


「問題ありません! 消し飛ばしてみせましょう!」


 そして第一騎士団の魔術が完成した。


 ――氷属性攻撃魔術:白冷嵐舞はくれいらんぶ


 巨大な魔術式が水色に発光し消える。そして生み出されたのは視界が悪くなるほどの猛吹雪だった。

 それが轟々と燃え盛る獄炎の勢いを衰えさせていく。

 しかしこれで終わる帝国ではない。織り込み済みだとばかりに追加で魔術式を記述した。


「次は風ですね。吹雪を吹き飛ばすつもりでしょう」

「ではこちらも風で相殺しますか?」

「いえ……不毛でしょうね。目的が時間稼ぎの可能性もあります」

「では?」

「ええ……」


 アリシアが頷くと、その腰から金色の装飾が施された純白の剣を抜いた。


「……私が出ます。第一小隊は私に続きなさい」


 第一騎士団は序列制を採用している。

 第一小隊とは、団長のアリシアと副団長のシェスタを除いた精鋭五十名が選ばれる名誉ある隊だ。

 

「シェスタ。後の指揮は任せます」

「かしこまりました。ご武運を」


 シェスタが胸に手を当て、礼をする。アリシアは再び頷くと、天に剣を翳した。


「光よ――!!!」


 アリシアの呼びかけに応え、天から光が降り注ぐ。それは収束し、純白の刃を金色に染めた。

 そしてアリシアが剣を振り払う。すると刃から光が溢れ、五つの煌剣こうけんが出現した。

 それをアリシアは翼のように背後へ纏う。

 

 天煌剣てんこうけんジェストベーゼ。

 それがアリシアの持つ魔剣のである。能力は煌剣こうけん召喚。

 光で出来た剣を最大で五つまで召喚し、意のままに操る事ができる能力だ。

 

「深追いは避けてください! 誰一人死ぬことは許しません! ……行きます!」


 次の瞬間、アリシアの姿が掻き消えた。




 猛吹雪の中、アリシアは敵陣のド真ん中へ単騎で突撃した。

 普通の騎士ならば、瞬く間に囲まれ討ち取られてしまうような無謀な突撃だ。

 しかし、アリシアは。そんな常識には囚われない。


 剣を振るい、目の前の帝国兵を斬る。

 それと共にすぐさま煌剣を操り、周囲にいた十人もの帝国兵を蹴散らした。


 その時、アリシアは頭上で魔力が集まっていくのを感知した。


 ……来る!


 振り返れば、後に続いている騎士たちはまだ遠い。魔術の範囲内ではない。ならば考える必要はないとアリシアは判断した。


 周囲の帝国兵が衝撃に備える。

 それは決定的な隙だ。アリシアは見逃さずに斬りかかった。


「コイツ正気か……!?」


 帝国兵が驚愕の声を上げる。

 それもそのはず。風の大規模魔術が発動寸前なのだ。衝撃に備えなければ吹き飛ばされてしまう。

 大規模魔術に吹き飛ばされることは死と同義だ。生存の可能性は限りなく低い。

 だが、アリシアは止まらない。


 衝撃に備え、無防備となっている周囲の帝国兵を次々と斬り伏せていく。

 すると帝国兵も覚悟を決め、衝撃に備えるのをやめた。そしてアリシアに斬りかかる。しかしそこで風の大規模魔術が発動した。


 次の瞬間、暴風が吹き荒れ吹雪を吹き飛ばしながら周囲一帯を薙ぎ倒す。そんな中、アリシアは魔術式を記述した。


 ――無属性強化魔術:風読みの法


 アリシアの瞳が淡く光を宿した。


 直後、荒れ狂う暴風がその身に襲い掛かる。

 しかしアリシアは己が身一つで暴風の中を潜り抜けていく。

 やがて暴風が晴れた場所に帝国兵は残っておらず、無傷のアリシアのみが佇んでいた。


「……バ、バケモノ」


 遠方にいた帝国兵が震える声で呟いた。


 ……バケモノですか。


 アリシアは苦笑を浮かべる。


「それは私ごときに使う言葉ではありませんよ」


 そこでアリシアの元に第一騎士団、第一小隊が追いついた。アリシアは天煌剣ジェストベーゼを天に掲げ、振り下ろす。


「第一騎士団! 敵に我らが威を示せ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る