第7話 素材

 素材の一つ、緋緋色金ヒヒイロカネはレティシアから貰うことになった。


「後は世界樹の枝と魔石か」


 魔石はもとい、世界樹の枝は厄介極まりない。

 レティシアもそれがわかっているらしく、僅かに険しい顔をしていた。

 

「……世界樹の枝はかなり大変」

「だな」


 世界樹の枝。

 世界各地で極稀に発見される謎に包まれた木だ。

 発見される時は必ず一本しかなく、出現条件は不明。

 酷暑の砂漠だろうが、猛吹雪の雪山だろうが、お構いなしに出現する。古い記録には嘘か真か、海の中での発見記録もあった。


 あまりの珍しさに過去、繁殖を試みた学者は多くいたが今日こんにちに至るまで成功した例はない。

 

 その特性は膨大な魔力の宿すという一点に尽きる。

 通常、植物に魔力が宿ることはない。しかし世界樹の枝だけは別だ。


 それ故に全ての魔力の根源だとされている伝説の巨樹、世界樹の名前が付けられ、世界樹の枝と呼ばれている。

 珍しさだけでいうのならば緋緋色金ヒヒイロカネ以上に希少な素材だ。


「最後に発見されたのはいつだったか……」

「……最後は約五十年前の大陸南部。……確か見つけたのは商人でその国の王族に献上していたはず」

「その国はわかるか?」

「……わかるけど既に滅びている。……その時の戦で枝も失われたと聞いた」

「……勿体無いことを」

「……ほんとにね」


 レティシアは大きなため息をついた。

 それは魔導技師でもあるレティシアだからこそ、世界樹の枝の価値を正しく認識しているからだろう。


「でもそれなら探し出すのは現実的じゃないのよな?」

「……ん。……でもやってみることはできる」

「どういうことだ?」


 俺の疑問には答えずに、レティシアは空中に魔術式を記述した。

 すごく複雑で精緻な魔術式だ。それだけでレティシアがどれほど凄まじい魔術師なのかがよくわかる。


 魔術式は赤黒く輝くと一瞬にして消えた。

 

「……完了。……世界各地に放った機巧蜘蛛に指令を与えた。……世界樹の枝を最優先で捜索するようにって」

「見つかる可能性はどれぐらいだ?」

「……僅か。……蜘蛛が入れないような環境にあったらお手上げだから」

「でも待つしかないんだよな」

「……ん」


 レティシアは頷いた。


「ちなみに他の素材で代用することは?」

「……無理」


 即答だった。

 ならばレティシアのいう通り無理なのだろう。俺は魔導具に関しては詳しくない為、従うしかない。

 できることと言えばせいぜい見つかる事を祈ることぐらいだろう。

 

「そうか。なら先に魔石を取りにいくのか?」


 魔石というのは魔物が体内に必ず持っている石だ。

 魔力が結晶化した物で、人間の臓器に例えるのならば心臓だろうか。魔石がなければ魔物は存在を保てない。

 だから魔物にとって魔石は弱点の一つとなる。

 一般的に、魔物と戦うのならば魔石を狙うのが定石だ。


 しかし魔石を壊し、魔物を撃破した場合は魔石が手に入らない。入手できたとしても破片だ。

 よっぽどの大物でなければ破片では意味がない。


「……ん。……わたしに一つ心当たりがある。だから明日取りに行こう」

「明日? ここから近いのか?」

「……近くはない。……けど転移するから距離は関係ない」

「あぁ。そうだった」


 転移魔術というのがあまりにも常識はずれな手段のため、頭から完全に抜けていた。

 でも普通は何日も掛かる移動時間を丸々省略することができる。俺としてはありがたい。


「行くのは終域エンドだよな? 準備はどうする?」


 素材に緋緋色金と世界樹の枝を使うぐらいの核だ。

 おそらくは大規模の終域エンドだろう。ならば準備は大切だ。

 しかし、レティシアは首を傾げた。


「……準備?」


 俺は嫌な予感がした。

 

「……レティシア。灼皇火山に行く時はいつも何を持って行っている?」

「……灼皇火山? ……緋緋色金を取るだけだからなにも?」


 まさかの手ぶらである。

 普通は数日分の食料から、怪我や状態異常を負った時の回復薬などを持っていくものだ。

 それは騎士や冒険者であっても変わらない。

 終域エンドとはそれほど危険な場所なのだ。


「もしかして他の終域エンドに行く時も?」

「……ん。……だって危なくなったら転移で帰ってくればいい」

「……転移ってそんなに直ぐ発動できる物なのか?」

「……ん」


 レティシアは小さく頷くと魔術式を記述した。

 それは平面ではなく立体的に記述された魔術式だった。

 大国であるハイルエルダーでも、魔術師団長の他数名しか扱うことのできない立体魔術式だ。

 それを一瞬で。


 立体魔術式が赤黒い輝きを放つと、レティシアの姿が掻き消えた。


「……こうやって」


 次の瞬間、開け放たれた扉からレティシアが入ってくる。


「……」


 もはや驚くことはないと思っていたが、これは驚くしかない。

 あの立体魔術式は一瞬で記述できるような物ではない。

 複数人、それも天才と呼ばれる者たちを集めなければなら記述できない代物だ。

 しかしそれでも一瞬で記述するなど不可能。


 いったいどれほど魔術の研鑽を重ねればこの領域に至れるのかさっぱりわからない。


 ――五百年。


 レティシアはずっと研鑽を積み重ねてきたのだろう。


「……ちなみにこの場からシンを転移させる事もできる」

「……魔術抵抗とかはないのか?」


 魔術を自分に使うのと、他人に使うのではわけが違う。難易度が跳ね上がる。

 それは術者の魔力が被術者の魔力によって妨げられるからだ。転移魔術ともなればその難易度は計り知れない。

 しかしレティシアは問題ないとばかりにふるふると首を振った。


「……計算上は問題ない。……それにシンは魔力が無いから簡単だと思う」

「……わかった。それなら手ぶらでも頷ける」


 そもそもレティシアは俺の常識で計ろうとしていたこと自体が間違いだった。


「……ん。……シンは剣があればいい?」

「ああ。騎士が置いていった剣でいい」

「……あんな汎用品でいいの?」

「……欲を言えば丈夫な物がいいけどな。でもそれはない物ねだりだ」


 よっぽどの終域エンドで無ければ問題ないだろう。使い方にさえ気をつければ。

 しかしレティシアは首を傾げた。

 

「……無くないよ? ……この塔にいくつか魔剣がある。……ついてきて」

「……わかった」


 あると言うのならばありがたい。

 俺はベッドから出るとレティシアに付いて行った。

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