第16話:見習いの「法術遣い」リィベル
「ラント語⁉ ……ネーベルラントの、ひと⁉」
小さな、けれど、悲痛な叫び声だった。
燃え上がる天幕の奥から、体に布を巻きつけるようにして出てきたのは、一人の、少女だった。
さっきは、こちらが王国語で呼びかけたから王国語で答えたのだろうか。ネーベルラント語の方が、自然な発音に聞こえた。
「動くな! 俺たちは確かにネーベルラントの人間だが、お前という人間を知らない! 敵でないなら、
我ながら、エルマードと同程度の年齢らしき少女に向けてとは思えない、冷酷な物言いだと思う。
だが、先ほどの法術をぶちかました奴は、コイツである可能性が高いのだ。なにしろ手に棒きれを持っている。先端の銀色の塊は、おそらく
法術師は見た目に騙されてはいけない。年齢、性別関係なく危険な存在だ。なにせ今コイツがやってみせたように、距離や障害物関係なく、突然足元を火柱にしたりするのだから。
こちらの優位性は、
「は、はい……! これでいいですか……?」
少女は、迷うことなく地面に杖を置いた。どんな術を使うのか分からないが、少なくとも爆炎術式は仕えるのだから、下手をしたら俺が死ぬ。そうさせるのが正しい──のだが、こうもあっさりとこちらの言うことに従われると、なんだか俺の方が理不尽な命令をしているような気分になってしまう。
法術師、だろう? 叡智の執行者だろう? もう少し、こちらに駆け引きを持ちかけるとか、しないのか?
そんなことを考えていると、少女がまとっている布がはらりと落ちて、地面に広がった。月の光に白い肌がさらされて、慌てて体に巻き付けようとする。
見てはいけないものを見てしまった気分になる……が、万が一それが演技で、目を離した隙に法術をぶち込まれるようなことになったら、間抜け以外の何者でもない。ええい、ちくしょう。
「……エル、様子を見て、話を聞いてやってくれ。敵でなかったなら、女の子同士の方がいいだろう」
「ボクでいいの?」
不思議そうに見上げるエルマードに、俺は少女から目を離さずに答える。
「万が一の時は責任をもって俺が撃つ。お前はただ、あいつがどんな奴なのか、見極めてくれればいい」
「……分かった。うん、任されたよ」
少女は、リィベルと名乗った。先の火球も、彼女が作ったらしい。見習いの「法術遣い」リィベル──それが、彼女だった。ただ、法術師を名乗るほどの修練を積んでいるわけではないようだった。
「ねえ、どうしてこんなところに?」
エルマードに問われて、リィベルは恐る恐る、といった様子で口を開いた。
「……ここで、土の中に埋まっているものを掘り出すお仕事だって言われて……」
「土の中? ひょっとして、
「……うん」
やはりそうだったか。
しかし、それなら、レギセリン領で見たあの露天掘りのように、爆裂術式を刻んだ
「実験、なんだって。私、
リィベルは、淡々と続ける。ここで彼女は、覚えてきた二つの法術を使って、言われるままに大地を吹き飛ばし、掘り起こしていたらしい。つまり、おおよそのやり方は前に摘発した露天掘り現場と同じ。
違うのは、前回の現場は
だが、俺は途端に嫌な予感がしてきた。実験、そして
「リィベルちゃん、
「うん。選ばれた人──そんなふうに言われてる。何がって言われても、よく分からないけど」
リィベルは、沈んだ様子で「全然、嬉しくないけど……」とつぶやいた。
「
エルマードが問うと、リィベルは小さく頷いた。頷いてから、続けた。
「うん。ここも、だいぶ
「道具?」
背筋にぞわりと冷たいものが走る!
──まさか!
「うん。
────‼︎
エルマードが引きつった顔を俺に向ける! だが、俺も顔が引きつっている自覚がある!
「
あまり抑揚のない、淡々とした声での話だったから、まだ救われる思いだった。これが嬉々として言われていたら、俺はどうしていただろうか。
「リィベルちゃん、その……
エルマードが、引きつった微笑みを浮かべながら聞くと、リィベルは首を横に振ってみせた。
「
やはりそうだ、「ゲベアー計画」──女性を生きたまま解体し、
つまりここには、その解体されて生きたまま箱に詰め込まれた「女性」たちの箱がどこかにあるということ……!
「……えっと、じゃあリィベルは、
「うん」
エルマードの問いに、素直に頷くリィベル。
だが、俺の中ではもう、全てのカケラが組み合わさってしまった。
この露天鉱床は、実験場なのだ!
「
だからリィベルの
つまり、この燃え残った天幕の奥にある箱状の何かが──!
俺は反射的に駆け寄っていた。焦げた布の箸を掴み、思いっきり引っ張る!
「……あああっ!」
俺は頭を抱えるようにしてうめきながら、その場に膝をついた。
それは、二度と見たくなかったものだった。
だが、現実は非情だった。
見覚えのある、金属の箱──間違いなくそれは、解体された女性を詰め込む、あの金属の箱だったのだ!
箱と箱は太いチューブで接続されていた。
いくつもの箱が、そうやって繋がれていた。
「直列接続による増幅方式」──
そうだ。一つ一つの箱に、
人間、どこまで残酷になれるのだろう! こんなむごいものを、こんな少女に使わせるのだ!
「あ、あの……どうか、したのですか?」
リィベルが、不思議そうに首をかしげた。
エルマードは、青い顔をしていた。
多分、俺も同じような顔をしていたんだろう。
「……いや、なんでもない」
俺は、二人の元に戻った。うつむくエルマードの肩に手を置くと、彼女は俺を見上げて、力なく微笑む。
「あの……本当に、なにかあったんですか?」
「それについては、また後で話すよ……。それで、君はここで、
ほかにどんなことをしていたのか──それを聞こうというつもりだったのだが、リィベルの顔が急に歪むと、彼女は自分の体を強く抱きしめるようにして、うつむいてしまった。
その指は白くなるほど力が入り、はたから見ても分かるほど、唇をかみしめている。ぶるぶると震え、涙を耐えているかのような表情。
そして、まだ気絶している呑気な王国豚野郎の方をゆっくりと視線を向け、しかしまたうつむく。
──ぽろぽろと、涙をこぼして。
「……嫌なこと、された?」
エルマードの言葉に、微かに、本当に微かにうなずく彼女。
それ以上は聞くな、と合図を送る。
聞くまでもなかったのだ。
ズボンもまともに
同じ天幕から出てきた、素肌にシーツをまとっているだけの少女。
──貴重な資源生産用として運用されている。
──多胎化の薬剤も進歩している。効率の良い繁殖に使われているはず。
それが、
ため息をつき、次いで怒りのあまり豚野郎の股間を蹴り飛ばす。
豚よりもはるかに醜悪な悲鳴を上げて起きる王国豚野郎。
ああ、去勢したうえでぶち殺したかった。
世の中は、かくも無情で残酷だった。
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