白銀の騎士と金色の従者② ~這い上がり騎士はケダモノなボクっ娘と共に牙を剥く~

狐月 耀藍

第2部 手にしたものは離さない、二度と

第XX話:生きて生きて、生き抜いてやる

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 本作は、「白銀の騎士と金色の従者①」の続編です。

 白銀の騎士と金色の従者①

 ~どん底騎士はわんこな少女を従えて、不条理世界をぶっ潰す!~

 https://kakuyomu.jp/works/16817330664513156593

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『くっ、来るな、来るな犬臭い野郎ドーギィめェッ!』

『死ね、化け物ォッ!』


 アルヴォイン王国語の口汚い罵りに、それを浴びせられた当事者が金色の毛を逆立てる。


「ボクは狼だもんっ! ──あおおおおおんっ!」


 金色の残像を残すように、直立する狼のようなシルエットが、狼の遠吠えのような咆哮ほうこうと共に壁を蹴りながら敵の一群に襲い掛かる!


 王国軍兵士どもの法術ザウバー火槍バッフェが青白い発法炎を噴き、鉛玉を撒き散らす! だが、そのすべてを踊るようにかわし、エルマードは体当たりを繰り返す!


 たしかに、連中からしてみれば悪夢のような有様だろう。引き金を引けば鉛玉が飛び出し、その一発で人を殺傷できる法術ザウバー火槍バッフェ歩槍ゲヴェア」──それで武装しているというのに、まるで恐れることなく突進してくるのだから。


「エル! そいつらと遊ぶのはあとだ! 適当に無力化が済んだら、地下倉庫に急ぐぞ!」

「アインさま、全部、ボクが食べちゃったらだめ?」


 美味しいところをかじるだけでも──剥き出しの牙がずらりと並ぶ口から、想像もできないほどの可愛らしい声。けれど、そのギャップがかえって恐怖を掻き立てるのか、王国兵どもは、『ひぃぃいいいっ!』『た、助けてくれぇっ!』と抱き合って泣き喚く。


 二本足で立つ、金色の毛並みの下にしなやかな筋肉を感じさせる狼人間から「喰らう」宣言をされ、震えあがる気持ちは分かる。

 だが、普段の可愛らしい・・・・・姿を知っている俺からすると滑稽でしかない。


「エル、そいつらはデザートだ! 次に歯向かった奴から食っていい!」

「はーい!」

『ひいいいいいいいいっ!』

「ノーガン、ハンドベルク! そいつらを縛り上げておいてくれ! ロストリンクス、フラウヘルト! 『ゲベアー』の発見が先だ! 急ぐぞ!」

「隊長、こいつらから情報を──」

「不要だ! エル、分かるな?」

「うん、こっち!」


 エルマードがくんくんと鼻を動かし、すぐさま駆け出す。それに続いて俺も急ぐ。彼女の鼻は、獣人の姿になるとヒトの姿の時よりもずっと鋭敏になる。実に頼りになる奴だ。


 「ゲベアー計画」。

 それは、大地の魔素マナを枯渇させる兵器「歩槍ゲヴェア」から脱却する手法として、人体──それも、女性・・特有・・の器官を使った「戦闘法術用魔素マナ生成装置」の研究だという。

 仮称として「こう標的ひょうてき」とも呼ばれるそれは、人間を燃料か何かのように見なす、恐るべき思想のもとに開発されている兵器だ。


 俺の婚約者も、その犠牲となった。歩槍ゲヴェアの弾の生産のために必須の鉱石──魔煌レディアント銀が無秩序に採掘され続けた結果、鉱石が蓄えてきた魔素マナが枯渇し、「法術」がほぼ使えなくなってしまった土地も、すでに現れ始めているという。


 ゆえに俺たちは、「歩槍ゲヴェア」も「ゲベアー計画」もぶっ潰すために、いまここにいる。歩槍ゲヴェアを潰すために歩槍ゲヴェアを使わねばならないという現実は、ずいぶんと皮肉が効いているが。


「アインさま、こっち……ダメ、来ちゃダメっ!」


 俺の先を走るエルマードが、廊下の曲がり角に向けて突然加速を始めた。


『き、来たぞ、化け物だ! 撃て、殺せッ!』


 廊下の曲がり角の向こうから聞こえてくる王国語の罵声と共に、機械化マシーネン歩槍ゲヴェア「ヴィッカース・ベルチェー」の、特徴的な射撃音! エルマードは空中を舞うようにひらりと飛び上がり、天井を蹴ると「あおおおおおん!」という咆哮と共に、曲がり角の向こうに消える!


『なんで当たらないんだっ!』

『来るな、こっちに来るなぁッ!』

『ぎゃああっ!』


 歩槍ゲヴェアを乱射する音と王国語の悲鳴、そして人体が床や壁に叩きつけられる鈍い音が交錯する。俺が追い付いたときには、床に転がる男たちのうめき声だけが、曲がり角の先にあった。


「えへへ、ボク、がんばったよ!」


 そう言って笑ってみせる彼女の腕には、いくつか弾がかすめた傷が増えている。


「……無茶をするなよ」


 抱きしめると、彼女は嬉しそうに頭上の三角の耳を立て、しっぽを振ってみせた。


「だいじょうぶ! ご主人さまのためならボク、なんだってできるもん!」

「だからこそだ。無茶をするなと言っている」


『く……そ野郎、がっ……!』


 拳槍ピストールを抜こうとした士官らしき男の手を蹴り飛ばして踏みつけると、俺はそいつの額に歩槍ゲヴェアを突きつける。こういう諦めない気概ってやつは嫌いじゃないが、敵に発揮されると迷惑でしかない。


『これは取引だ。今ここでこいつ・・・に、部下ともどもはらわたを食いちぎられてのたうち苦しみながら死ぬか。それとも、名誉ある捕虜扱いを受けるか。どちらか好きな方を選べ』


 俺が王国語で連中に話しかけると、エルマードはらしくない・・・・・唸り声を上げて、歯をむき出しにしてみせる。さすがはエルマード、よく分かってくれている。


『ヒッ⁉ た、助けてくれ……っ!』

『助かりたいなら、どうすればいいか分かるだろう? こいつは、こう見えても美食家でな? 血の滴る肝臓が食えれば、それで満足なんだそうだが……』

『ま、ま、待て! そいつをけしかけないでくれ! 分かった、降伏する! 命だけは……!』

命だけ・・・は、か。おい、エル。喜べ。こいつら、命だけあればいいらしい。肝臓は喰い散らかしてもよさそうだぞ?』

『ホント? やったあ、食べ放題だね』

『ひぃぃいいいいいいっ⁉』




「ひどいよ、ご主人さま。あれじゃ、ボクがヒト喰い狼みたいだよ」


 階段を駆け下りながら、エルマードが口をとがらせる。


「すまんすまん。だが、実に効果的だったろう? お前も付き合って演技してくれたじゃないか」

「それは、ご主人さまに合わせないとって思っただけだもん。ボク、ヒトなんて食べたことないもん」

「もちろんだ、知っている。悪かった。でも臨機応変に合わせてくれたエルのおかげで、迅速に制圧できた。ありがとう」


 礼を言うと、彼女は照れくさそうにうつむいてみせる。だが、通路をふさぐ重々しい扉を見て「開けてくる」と言うと、石畳を蹴り、凄まじい威力の体当たりで、こともなげに扉をぶち破った。

 ……何度見ても恐ろしい威力だ。以前、冗談めかして「野獣ベスティオカノン」と命名してみたが、彼女はそれをいたく気に入った様子だったか。


 扉の向こうには棚が並んでいた。

 見覚えのある箱が、いくつか並べられている。


 一つ一つは、やや大きめの手提げかばんといったところか。

 黒光りする金属製の箱である。


 ……ああ、見覚えがある。

 吐き気がするほどに。


「隊長……これが、『ゲベアー』ですかい……?」

「ああ」


 追いついたロストリンクスたちの言葉に、俺は思わず床に唾を吐く。


「これが悪魔の研究の成果──『仮称「こう標的ひょうてき」』ゲベアーだ」


 人道的精神を地獄の底に投げ捨てた連中が生み出した、悪魔の研究の成果。


「この一つ一つの箱に、女の……体の一部が、ぶち込まれていると?」

「そうだ。子宮と脳の一部、そしていくつかの臓器を収めた箱──人体が生み出す魔力『錬素オド』を、効率よく生みだすための装置・・だ」

 

 俺たちの祖国ネーベルラントの古語で「子宮」を表す言葉、ゲベアー。

 ここにあるいくつもの箱、そのひとつひとつに、尊厳を奪われた女性たちが入っている。

 この箱に中身を提供させられた女性たちは、すでに解体され、この世にない。それでも彼女たちの残滓ざんしが、こうして利用され続けている。


「た、隊長……」

「ああ。彼女たちの、最期の尊厳を守ろう。かつて俺の婚約者を焼き払ったように」


 俺たちはハンドベルクが作った、発破爆裂術式を刻印した手投げ榴弾りゅうだんを部屋に放り込む。退避のために階段を駆け上りながら、俺はあらためて決意を固める。


 尊厳を守るために焼き払う──本当はそんなもの、ただの感傷にすぎない。それでも、そうするしかなかった。

 響き渡る爆発音を背に、俺たちは走り続けた。

 尊厳を守るという名目で、箱詰めにされた女たちに引導を渡し、生き終わらせたのは俺たちだと、手を握りしめながら。




「えへへ、アインさま、おつかれさま」


 エルマードが、嬉しそうに飛びついてきた。

 ぶかぶかの、俺のシャツ一枚で。


「ばっ……お前、せめてちゃんと服を着てから戻って来い」

「ボクの服なんて、破れてどっか行っちゃったもん。アインさまも分かってるから、このシャツ、くれたんでしょ?」

「いや、だからって裸にシャツ一枚って、お前……! 他に何か、まとうものは無かったのか?」

「アインさまのシャツ、ボクにはおっきいし、一応おしりも隠れてるから、問題ないでしょ?」

「だからいいってもんじゃないだろう! せめて人前では……!」


 慌てる俺に、ハンドベルクが笑う。


「隊長、いい加減にもらってやったらどうじゃ。嬢ちゃんもその気・・・でおるんじゃからな」

「だから困っているんだろうが!」


 俺と同じくらいの背丈の、極めて珍しい「金色」の体毛に覆われた狼属人ヴォルフェリングの姿を解いたエルマードは、いま、俺の肩ほどもない、金色のふわふわな髪の小柄な少女の姿をしている。


 というよりも、獣人族ベスティリングの姿こそがエルマードの本来の姿なのだから、ヒトの姿は彼女にとって、本来は擬態なのかもしれない。だが彼女は、普段はこのヒトの姿をしている。


 月に照らされ、まぶしく輝いて見えるほどの白い肌は、さっきまでの、金色の毛並みに覆われた、しなやかで、かつ鋼のような筋肉の体を持つ狼人間のそれとは、まるで違っている。


 極めて珍しい「金色」の、ややくせっけのあるふわふわの髪。

 これまた珍しい、透き通るような「青紫」の瞳。

 透明感ある、白い肌。

 体にいくつか残る、痛々しい弾の傷痕。

 そして、俺より頭一つ分くらい低い、小柄な少女。

 ──それが、エルマード。


「何を困ってるっていうんだい? 隊長」


 ハンドベルクの言葉に呼応するように、女たらしで有名なフラウヘルトも、したり顔で笑う。


「隊長、釣った魚にはちゃんと餌をあげなきゃ。カワイイ女の子がいくら好意を向けてるって分かってても、ほっといたらいずれ見限られるってもんだよ?」

「違いねえ。隊長、自分らに気兼ねしてるってんなら、今夜の宿の部屋は、お二人だけ別にしやしょうかい?」


 フラウヘルトの言葉に続けたロストリンクスの冗談に、皆がゲラゲラと笑う。


 集めた弾薬を爆裂術式の呪印で吹っ飛ばしたおかげで、今も炎に包まれている建物を見下ろしながら、俺たちはいま、確かに生きている命を胸に、笑っていた。


 ゲベアー計画──

 この非道な研究のために、最も高い適性である「甲種こうしゅ」と見なされた俺の婚約者のミルティは、散々に実験材料として弄ばれたうえに、最後は箱詰めにされたという。


 どれに婚約者が入っているのかも分からない──それらの箱に対して『生き終わらせてあげよう』と言って焼き払ったのは、エルマードだ。あの日、俺がすがって来たものは、この地上から消えた。


 だが、今、俺の腕にぶら下がるようにして笑っているエルマードも、元はさらに上位の「とく甲種こうしゅ」とされ、明日をも知れぬ運命だった。

 だが、男性では珍しい「とく乙種おつしゅ」と判定された俺の元に、ある命令を受けてやってきた。


 俺も、俺の婚約者も、そしてエルマードも、「ゲベアー計画」によって生き方を狂わされた。

 俺とエルマードだけじゃない、仲間たちもだ。

 収容所を脱走するとき、命をもって俺たちの脱走を手助けしてくれたツェーン。

 婚約者の末路を知って絶望のあまり取り乱した俺を逃がすために、敵地に居残って撤退を支援し捕らえられ、再起不能なほどの凄惨な拷問を受けたディップ。


 だからこそ俺は──


「じゃあ、アインさま。──行こう?」


 エルマードが、微笑みを浮かべて俺を見上げる。


「……そうだな。みんな、そろそろ行こう。次の目標は──」


 俺の言葉に、皆が荷物を背負い、立ち上がる。

 だからこそ俺は、エルマードと共に生きて、生きて、生き抜いてやる。この仲間と共に、外道な計画をぶっ潰してだ!



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 お読みいただきありがとうございます。

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 よろしくお願いいたします。


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 本作は、「白銀の騎士と金色の従者①」の続編です。


 前作をご存じでなく、かつ興味がわいた方は、以下のリンクからどうぞ。

 白銀の騎士と金色の従者①

 ~どん底騎士はわんこな少女を従えて、不条理世界をぶっ潰す!~

 https://kakuyomu.jp/works/16817330664513156593

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