私の「感情的に喋る権利」を奪う権利があなたにはあるんですか?

エリー.ファー

私の「感情的に喋る権利」を奪う権利があなたにはあるんですか?

 整然と並ぶ机に表情などはなく、風も入ってこない冷めきった教室は、カーテンが揺れることすらなかった。

 外光がカーテンによって柔らかく教室内を照らしており、電気をつける必要はない。

 今は何の季節か。

 忘れた。

 今は何時何分か。

 忘れた。

 今は何をするべきか。

 憶えている。

 そう、そうだ。

 私は戦わなければならない。

 厳密に言えば、私が正しいとか正しくないとか、そんなレベルではないのだ。

 私が不快に感じているのだから、目の前の存在を叩き潰すのみである。

「俺が言ってるのはさぁ、お前みたいな女ってのは、感情的だってことなんだよ。分んねぇだろ、お前みたいなやつにはさぁ」

 男がいる。

 この際、この男が同級生なのか、下級生なのか、上級生なのか、教師なのか、はたまた不審者なのかはどうでもいいので説明を割愛する。

 これは短編であるので、そんな簡単な所で文字、行を消費してはいられないのである。

 こんな説明をしている内に消費してしまうのだから、なんとも奥の深い芸術と言える。

「聞けよ、バカ女。お前みたいなやつってさぁ、論理的に喋れないだろ。だから、すぐ感情的な言葉に頼って喋ろうとするんだよ。客観的な事実に則って喋るよりも、まずは主観的な事実だけを並べてそこからお得意のお気持ち表明論法だろ。下らな過ぎるんだよ、死ねバカ」

 まず。

 私は、自分が怒っているということを伝えただけである。

 それは、感情論でもなんでもない。

 ただの事実である。

 感情的な言葉が混じっている、というだけでそれを感情論であると断じるのは、まさに感情論的であり客観性を持っていないことの何よりの証明であって、自己矛盾を起こしている。

 そもそも、議論をしたがっているのは目の前の男であり、私は別に議論がしたいなどと思ってはいない。別にただの口論でいいのだ。こちらが了承をしていないにも関わらず、勝手に競い合うための種目を決めて、勝手に話を進めて、勝手にそのルールを押し付けているだけに過ぎない。

 議論をする前に、議論をするか否かの議論をしていない時点で、男は感情的な押し付けを私に既に行っていると言える。

 そもそも、腹を割って話をしたいと思えるような存在でもないのに、何故に私が時間をかけてまで言葉を発しなければならないのか。甚だ疑問である。

 ただ。

 ただ、である。

 そもそも論で喋ると男は、やれ女は感情論がどうのこうの、と話を始めるので、その点については目を瞑ってあげてもいい。

 つまりだ。

「私が感情論で喋っているということが問題である、ということですか」

「そうだよ」

「私の、感情的に喋る権利、を奪う権利があなたにはあるんですか」

 正直、勝ってもいいか、と思っている自分がいた。

 それに。

 一応、危機ではある。

「お前ってマジでバカ女だな。何、言っちゃってんの」

 こんなバカ男に負けたら末代までの恥である。

「あなたにだって感情があって、私にも感情があるわけですよね。あなたには感情がないんですか」

「いや、あるけど」

「では、感情が出るのは自然なことですよね。別に議論において客観的な事実だけを鑑みて結論を出すのは、当然のことでしょう。でも、私が怒っている、不快に感じている、このような感情の動き自体があることを伝えて客観的な事実として証明しないと、議論自体が行われないですよね」

「いや、だとしても感情的な要素なんか議論で使えないでしょ」

「例えば、裁判でも反省の色が見られない、ということで刑罰が重くなったり、国民感情によって判決に差が出ることも度々起きていることですよね。日本だけじゃない、アメリカ、カナダ、中国、イタリア、ロシア、どんな国だって当たり前のように起きることです」

「でも、それは良くないことで」

「良くない、というのはなんですか」

「は、何がだよ」

「良くない、というのはなんですか。暗黙の内に許容し、結果として議論の一要素になっていることは間違いないのに、ですか」

「よ、良くないは、良くないだよ」

「その良くない、というのは感情論ですか、それとも客観的事実ですか。客観的事実であるなら、そのための証拠はありますか。背景について説明できますか。証明可能ですか」

「お前は細かすぎるんだよ」

「客観的事実を用いた正確な判断を下すための議論というのは、往々にして緻密さと正確さを語り手に求めます。そして、残念ながら、今、私が言ったことはすべて客観的な事実です」

「うるせぇなぁっ」

「ちなみに、お前は細かすぎるんだよ、と、うるせぇなぁっ、は客観的な事実がなく感情によって放たれた言葉ですので、あなたが嫌いなお気持ち表明論法となんら変わりません。まだ、喋ってみますか」

 静寂。

 別に私は男嫌いなわけでもないし、人間嫌いというわけでもないのだ。

 ただ、歯向かってこない生き物が大好き、というだけである。

 母や友達からは、性格ひん曲がってるよね、とよく言われる私である。

 さて。

 もっと圧倒的に不利な状況で喋り散らしてみたいものである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の「感情的に喋る権利」を奪う権利があなたにはあるんですか? エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ