カルテットソング

べっ紅飴

第1話

「なんか活気無いなぁ」


教室の窓際の列の最後部で肘をついて頬を潰しながら少女、小野木加奈子はぼやいた。


「またそれ言ってる」


窓に腰を掛けて座りながら彼女の中学からの友人である伊月美雨は呆れたような物言いで返した。


「だってさぁ、いくら進学校だからってさぁ、みんな勉強勉強って!死んだ目してたらさぁ、こっちが疲れてくるよ」


「そういう加奈子はもっと真剣に勉強した方がいいと思うけどね」


「一理あるね」


コクコクと少しだけ真剣そうな表情で加奈子は頷き返した。


「でもさぁ、同じ高校だった上のほうのお姉ちゃんがいつも高校の頃に遊んでおくべきだった!ってお酒が入るといつも愚痴ってきてさぁ。私も理沙ねえみたいな大人になるのかなって思うとみんなと同じようでいいのかなって悩んじゃうよね」


「ソレ、活気無いってのと関係ある?」


「あるある。たぶんあるけど、具体的には言えないなぁ」


はぁ。と加奈子がため息を吐く。


「美雨にはそういうのないの?」


「うーん」美雨は首をかしげて難しそうな顔をする。


「なくは、ないけども。うーん...」


美雨が眉間に人差し指を当てながら悩まし気に考えていると


「やっほー」


と、ベランダから金髪の女子生徒が顔をのぞかせた。


「律子、ベランダから来ちゃダメだって何度も言ってるじゃない。また北山先生キタセンに怒られるよ」


「りっちゃんも懲りないよねー」


「こっちの方が早いし、慣れてるから大丈夫サ!」


元気溌剌。彼女は気にするそぶりも見せずにそう言った。


「よっと」


掛け声を出しながら律子と呼ばれた女子生徒、鞍上律子は、窓を跨いで教室の中へと侵入した。


「それよりさー、私部活立ち上げようと思ってるんだけど、かなしぃもやらない?」


「やるやるー」


「判断が早すぎる!?まだ中身も聞いてないのに!」


呆気にとられたように、美雨はせわしなく表情を切り替えた。


「聞かなくてもわかるもん」


「あ、やっぱり?」


何やら二人の間には通じるものがあるようだったが、美雨にはさっぱり分からなかった。


美雨とちがって、加奈子と律子は十年来の付き合いである。まだ背丈が鉄棒よりも小さいころから一緒にいるため、お互いのことはだいたいわかってしまうのである。


「どうせ考えてないんでしょ~?」


やれやれと若干楽し気に加奈子は尋ねた。


「えへへ」


律子はあっけらかんと笑ってみせた。


「だと思った。りっちゃんはそうだもんね」


「だって今の部活つまんないんだもん」


むくれた顔で律子は不満を口にした。


「たしか、合唱部だったよね?」


「そーだよ。楽しくない部活です」


「そこまでは聞いてないけどね??」


美雨が若干表情を引きつらせながら言った。律子の誰にでも裏表のない明け透けとした態度に美雨はまだ慣れていないのである。


「合唱部かぁ。りっちゃんの割にはなんかパッとしない部活だね。どうして入ったの?」


「んー、なんでだっけ?」


「あ、これもう絶対忘れてるやつだ」


「律子はなんていうか、加奈子とは別のベクトルで変わってるよね...」


「個性的って言ってよね!」


加奈子はそう講義をしたが美雨はため息をついて却下を示した。


「フッ、何とでもいうがよろしい。しかし、チーム個性の快進撃はここから始まるのさ...」


キメ顔で律子はそう言うと、イェーイと加奈子とハイタッチをした。


示し合わせたわけでもないのに、タイミングはばっちりだった。


「い、以心伝心...!」


美雨は困惑と驚愕を混ぜ合わせたような顔で目の前の地味に凄いパフォーマンスに短い感想を漏らした。


「...というわけで、ミューちゃんも入部確定ね☆」


美雨は律子とは短い付き合いだったが、彼女の一度こうだと決めたら是が非でも退こうとしない強情さを理解し始めていた。だから何も言わずにため息をつき、諦めたように項垂れた。


「はぁ...。それで、Mr.ジコチューはどのような部活をお考えで?」


「美雨ちゃん!、女の子だよ」



普段から苦言ばかり聞かされている加奈子が仕返しだとばかりに美雨の間違いを指摘したが、悲しきかな、普段の加奈子の振る舞いからとっくに二人の上下関係は決まっていたのである。


「やかましいわよ!」


ギロっと美雨が加奈子を睨みつけると、加奈子は蛇ににらまれたカエルのように縮こまった。


「お笑い部でも、作る…?」


それを見ていた律子は思わずそんなことを尋ねた。


「ナニカイイマシタカ?」


「う、ううん。なんでもない、なんでも」


いい笑顔で美雨が尋ねると律子はオーバー気味に首を左右に振った。


「で、何か案はあるのかしら?」


「それが全然思いつかないんだよねェ」


「それでよく部活を作ろうなんて言い出せたよね。普通こういうのは言い出しっぺが事前に考えておくものじゃない?違う?」


「その通りでゴザイマス」


バツが悪そうに律子は頷いた。


「でも、3人寄れば文殊の知恵だヨ!美雨ちゃんも一緒に考えよう!」


「考えよう!」


「じゃあそれを3人の最初の課題にしようか。明日から休日だから提出は3日後ね」


課題と聞くと加奈子が露骨に嫌な顔をした。


「う、そういえば月曜日までの課題終わらせてなかった」


「だから計画的にやりなさいっていつも言ってるのに」


呆れた声で美雨は苦言を呈した。


「かなしぃ、期限は守らないと駄目ダヨ!学校の課題も、部活の課題も」


ベランダから教室に侵入してきたり、ちょこちょこと教師に叱られるような真似をしている律子だったが、こういうところは案外しっかりしているのである。


「うーうー、あーあー」


耳の痛いことを言われ加奈子は頭を抱えて唸った。


「はぁ。私も教えてあげるから。放課後、喫茶店でケーキでも食べながらさ」


口では厳しいようなことを言っていても、美雨は加奈子に甘いところがあった。


「え、本当に?」


「その代わり、真面目にやりなよ?」


「やったー!」


加奈子は立ち上がって美雨に抱き着いた。


「ちょっ、やめ」


口ではそんなことを良いながら照れくさそうな顔をして、振りほどこうとしないあたりまんざらではないのだろう。


美雨という少女は一見気難しいように見えてとてもチョロい性質だった。


加奈子のいたずら好きの子犬の用な気質が美雨の中にある庇護欲を刺激してしまうのである。


「なら、未来の部員のために私はケーキをおごろうじゃないか!」


「おー、りっちゃん太っ腹―!」


サッ、と美雨から離れて、加奈子は今度は律子にハグをした。


まるで新しい餌につられた子犬そのものだった。


「まったく、律子は加奈子を甘やかしすぎなのよ」


美雨は少し不満に言った。


そんなことを言っておきながら、一番甘やかしているのが自分であるという事実に彼女はまったく自覚がなかった。


よしよしと加奈子の頭を数2,3度なでると、律子は彼女をほどいた。


「じゃ、課題が終わったらついでに部活のことも少し考えようネ!」


「そうね」  「賛成!」


2人の同意を得ると律子は満足げに頷いた。


「と、もうこんな時間だ。戻らなくちゃ」


そう言うと律子は再び窓を跨いだ。


「じゃ、また後でね!」


足早に去っていく律子を見て、美雨は「ベランダはやめなさいって何度言ったらわかるのよ」と言ってため息を吐いた。


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