第1話

(少女(狴犴)、男(贔屓)の計二名)


少女「オニーサン、そんなとこで何してんの?」

男「ん〜?」

少女「ここ、一応あたしの縄張りなんだけどな~」

男「う~ん、そっかぁ……でも、こっちとしても困っちゃっててね……」

少女「何かあったの?」

男「いやぁ……行きたい所があるんだけど、何しろ初めて来る所なもんで……迷っちゃってね……」

少女「何、オニーサン迷子なんだ」

男「そういう事。オジサン迷子なんだよ」

少女「大の大人が? ダサッ」

男「そう云わないで。もし良かったら助けてくれたりしないかな。助けてくれたら、もうここには近付かないよ。君の縄張りを荒らす様な事も、君に影響が出そうな事も極力しない」

少女「あたしが誰かも知らないのに? お人好しだね、オニーサンって」

男「よく云われるよ。八龍はちりゅうのお嬢さん」

少女「……へぇ、案外無知って訳でもなさそうだね」

男「君が首に掛けている、その首飾り。龍に抱かれた宝玉を象るそれは、この町を治める八つの大家がそれぞれ身に着ける物だと云われる。それに、君の首飾りの宝玉は虎眼石とらめいしだ」

少女「………………」

男「狴犴へいかん。力を好み、悪を裁くを好む、虎に似た生物……」

少女「………………」

男「……君の事だろう」

狴犴「……はぁ。バレちゃ仕方無いかぁ」

男「どうやら、オジサンの眼もまだ使い物にはなるみたいだね」

狴犴「そうだよ、あたし狴犴。この九龍くーろんの町を治める八人、八龍の一人って事になってる。けど、そんな御大層なもんじゃないからね! あたしはあくまで代理なんだから」

男「やっぱり、本当なのかい。先代の狴犴が、贔屓ひきと一緒に死んだって話」

狴犴「本当も何も、あたし眼の前で見たよ。先代が贔屓と同時に撃たれて死んだとこ」

男「……済まないね」

狴犴「良いよ別に。そいつあたしの親父だったんだけどさ。詰めが甘くて死んでったんだ。自業自得だよ」

男「そういうもんかねぇ……」

狴犴「そういうもんだよ。それで? そんなあたしに道案内させるっての?」

男「出来ればの話だし、これは個人的なお願いなんだ。断ったからって君に刃を向ける訳じゃないし、君の情報をどこぞかに流したりする訳でもない。そっかぁ~、なら仕方無いねぇ~って云って、それで終わり」

狴犴「ありゃ、随分と好待遇」

男「ただの道案内だしねぇ。君にお願いする様な物事も、特に無いし」

狴犴「ふ〜ん……良いよ、どうせ暇だし。オニーサンの前に出て来たのも、見ない顔だな〜って気になって来たんだよね」

男「それは幸運だったね。オジサン、このままだったら結構迷ってたと思うんだよねぇ」

狴犴「どれくらい?」

男「丸一日くらい」

狴犴「幾ら何でも迷い過ぎでしょ……じゃあ仕方無いね。あたしの縄張りを彷徨うろかれても困るし、連れてったげるよ。どこ行きたいの?」

男「ほら、このバー。ここに来いって、云われててね」

狴犴「ここ……」

男「駄目な場所だったかな」

狴犴「……いや、大丈夫。寧ろ都合が良いや。あたしもここに用事あったし」

男「じゃあ、お願いしても良いかな」

狴犴「うん。この狴犴様が安心安全に連れてったげる」

男「ああ。お願いするよ」

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