第12話 金策オークション

 エリス姫達に連れられて来たのは、商人たちが集まる市場だった。


 女性ばかりのこの国では珍しく、男性の商人達でにぎわっていた。全員、外国人のはずだ。エリス姫が言うには、終了間際のこの時間帯が一番にぎわっているという。


「オークション会場はあるか?」


「競り市はこちらです」


 金がない以上、俺の資産を売るしかない。とはいえスマホやバッテリーは無理だ。この中世レベルの世界の住人でも価値を理解できそうなものは、時計くらいしかなかった。


 幸い過去に訪れた来訪者のおかげか、この国の時間は24時間制と60分制で、元の世界と同じだ。日時計で一時間ごとに鐘を鳴らし、細かい時間は砂時計を利用しているらしい。ネジで動く原始的な機械時計もあるが、誤差がひどいとのことだ。


(腕時計のコレクションが役に立つとはな)


 元の世界では若者が時計をしなくなって久しいが、俺はアクセサリーの一種として、時計を集める趣味があった。


「これを売りたい」


 俺は自分の時計を外し、競り市にかける。


「これは?」


「時計の様ですな」


「何と小さい。腕にはめるものか」


「宝石の様な見事な細工だ」


「この材質はなんだ? 鉄ではないようだが?」


 商人たちが集まって、思い思いの意見を述べる。


 予想通り、この世界でも価値がある物のようだ。


「50万コルでどうだ?」


「52万コルだしましょう」


「53万コル」


 商人たちが手をあげ、値段を示す。


 大金なのだろうが、国家再建の資金としては、一桁も二桁も足らない。


「この時計は異世界の技術を用いて作られたものだ。優れた機械が組み込まれていて、腕に嵌めていると自動でネジが周り、半永久的に動き続ける」


 俺が、時計の補足説明をする。


「おお、異世界の品だと!?」


「半永久的に動くとは!?」


 商人たちの驚きの声が上がる。


「ならば、100万コルだそう」


「105万コル!」


 値段が一気に倍になるが、目標金額にはまるで届きそうにはない。


「この世界にはない冶金(ステンレス)で作られており、サビることはない。1000万コルから始めてくれ」


「1000万コルだと!?」


 俺の指示した金額に、商人達から驚きの声が上がる。


「偽物の可能性もある。いくら異世界の品とはいえ、そんな大金はだせん」


「そもそも貴殿は本当に異世界人なのか?」


「すぐに壊れるのではないのか?」


 商人達は買いたたきたい思惑もあるのだろう。俺への難癖の声が、一気に上がる。


(くっ、焦りすぎたか) 


「この方が異世界からの来訪者であることは、このエリスティア・フォン・フリージアが保証します」


 美しい女の声が響く。


 エリス姫が壇上に立ち、俺の身柄を保証してくれたのだ。土壇場で頼りになる女だった。


「姫様が言われるなら、本物なのでしょう」


「噂の〝セイオウ〟ということか」


 姫の信頼は厚いらしく、商人達は俺が本物だと信じた様だ。


「故障に関しては、俺が保証しよう。万が一故障した場合、同額で返品を受け入れる」


 日本製の機械式ムーブメントを信じるしかない。おそらく5年以上は、故障しないで持つはずだ。


「ふうむ」


「しかし、1000万コルは、手持ちがないのう」


「もう少しまけていただくことはできませぬか?」


「貴方とは長い商いを行いたいですし」


 イチャモン付けができないと悟ると、今度は信頼を盾にこちらの譲歩を引き出す戦術に切り替えた様だ。


 つまるところ、商人達は1000万もの金を持ち合わせていないらしい。

 

(くそ、こんな小物の商人では話にならない)


 俺は舌打ちする。再建のためには膨大な資金が必要だった。正直、1000万コルでもまるで足らない。


「──これはこれは姫様。お久しぶりでございます。競り市に御用とは珍しい」


 奥から恰幅の良い中年の男が顔を出す。


 大きなターパンに豊かな髭を蓄えた、おなかが大きく露出した豪奢な服装を着た男。多くの宝石と装飾を身に着けたその姿は、アラビアンナイトで語られる大商人の様だった。


 大商人は格別の地位にある男らしく、商人達は慌てて場所を譲る。


「これはアブドル様。お久しゅうございます」


 ドレスの裾をつまみ、丁寧にあいさつするエリス姫。


「何やら珍しい品物を競売にかけられたようですね。噂によると、異世界の来訪者様の宝であるとか?」


「はい。こちらのセイオウ様がもたらされた秘宝にございます」


 そういってエリス姫は、アブドルに腕時計を手渡す。


「これは・・・素晴らしい品物です。私もこれだけの逸品を見たことがございません」


 流石は大商人だけあって、一目で価値を見抜いた様だ。


「これ、我が砂時計で、精度の方も測りなさい」


「はい。旦那様」


 アブドルは傍らにいた召使と思しき大男に時計の精度を図らせる。


「驚くべき正確さです。わが社の砂時計と、全く同じ精度を有しております」


 すぐに召使は報告する。現代の高級時計なのだから、正確なのは当たり前だ。むしろ砂時計の精度が高いと、褒めてやってもいいくらいだ。


「この手触り・・・この金属も、初めて見るものです。異世界の物と考えて、間違いなさそうですな」


 嬉しそうに時計を手に取るアブドル。


「競りにかけているようですが、どうですかな? わたくしめに2000万コルで、売っていただけないすかな?」


「2000万コル!?」


「すごい!」


「さすがアブドル様」


 他の商人達から感嘆の声があがる。


「・・・わかりました。それで売却しましょう」 


 俺は承諾する。


 正直、もっと高く売りたかったが、買い手が彼しかいないなら仕方がない。


(それに、商談はこれからだ)


 経営再建には2000万コルでも足らない。足らない金は、借りるしかない。


 金を借りるには、2000万コルもの大金を簡単に出せるこの男しかいない。


「できればアブドル様のお屋敷で、時計の使い方をお教えしたいのですが、よろしいですか?」


「来訪者様を我が屋敷に招待できるとは、願ってもいないことです」


 俺の申し出を、アブドルは快諾してくれた。


 時計のオークションは呼び水にすぎない。本題はこれからだった。


 俺の事を値踏みするように見つめるアブドル。


 その考えは、目の前のアブドルも同じ様子だった。



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