僕は差別をしているんじゃなくて、君の卑屈さに疲れただけだよ。

エリー.ファー

僕は差別をしているんじゃなくて、君の卑屈さに疲れただけだよ。

「あのね。まずはちゃんと聞いて欲しいんだけども。僕は別に君に攻撃をしようとしているわけじゃないんだよ。ただ、話しかけただけなんだ。そして、君が何かしらのミスをしていたから、それを注意して対策を教えただけなんだよ。分かるよね。あくまで、それだけの会話であって、そこに君を攻撃する意図なんて最初から存在しないんだよ。君が繊細であることも分かるし、君が頑張っていることも分かる。人より苦労していることも明確に分かるんだけど。なんていうのかな。そう、君って、その繊細というよりもかなり卑屈なんだよね。そういう人と喋るとどうしても疲れてくるっていうか。できれば、その卑屈さを直して欲しいんだよ。こっちが正しいはずなのに、そっちの方に正義があって、一方的になじっているような感覚になるんだ。僕も不快だし、君だって不快だろう。僕はそれなりに、君に歩み寄る努力を繰り返して来たけど、君の卑屈さって凄く頑固だから初めて会った時から何一つ改善されていないんだよね。君はその卑屈さによっていろいろなチャンスを逃して来たとか、もっと明るい人間になれたらとか、言う割には、まるでこだわりを感じているようにも見える。つまるところ、アイデンティティみたいなものかな。ほら、童貞が童貞である所以や、処女が処女である所以って、童貞や処女であることにアイデンティティを感じてしまっているところだって言うだろ。それと同じで君からは卑屈であることを自らの存在証明っていうか、自分自身を表現する手立てとして採用してしまっている節があると思うんだ。今でさえ、僕は凄く言葉を選んでいるんだけど、本当はもっと丁寧さを取り払った普通の喋り方をしたいんだよ。でも、ダメだろう。だって君はかなり卑屈な人間だから、敬語がなくなったということは敬われていないんだみたいな考え方をするかもしれないからね。僕はそこまで考えながら喋ることに、正直疲れてきているんだよ。君がいつものように卑屈に生きている時に、周りの人は君の卑屈な生き方を受け入れてあげなければいけなくて、色々な損失を被っているんだよ。分かるよね。さすがに。大人なんだからさ。分かるよね。ねぇ」

「そういう話しかけられ方をすると、より卑屈になってしまいます」

 僕は思う。

 何故、卑屈な人というのは、自分の卑屈さには卑屈にならず、卑屈であることは自信を持って伝えてくるのだろうか、と。

 僕は思う。

 僕の心も侵食されていて卑屈になっているのではないか、と。

 僕は思う。

 卑屈というのは心の防御壁であって、僕の場合は喋り方であり、他の人はキャリアであり、他の人は年収であり、他の人は学歴であり、他の人は所属している派閥なのではないか、と。

「あの、店長。卑屈ついでに申し訳ないんですが、バイト、やめたいんですけど」

「あっ、えっ、そのっ、できればっ、やめて欲しくないんだけど」

「じゃあ、卑屈なんで取り下げます」

 バイトが卑屈過ぎる問題とバイトをやめられたら店が立ち行かなくなる問題が同時にやって来ている。

 しかし。

 こんな卑屈なバイトと一緒に仕事をすると、店長である僕の心がもたない。

 まさに危機。

 かといって、バイトがいなくなれば僕は一瞬で倒れるだろう。

 まさに危機。

「店長、品出しやりますね」

「あぁ、頼むよ」

 危機一髪になるかどうかは、僕とバイトと卑屈さにかかっている。

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僕は差別をしているんじゃなくて、君の卑屈さに疲れただけだよ。 エリー.ファー @eri-far-

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