第18話 早起きは三文の徳?
翌日の水曜日。教室にて。
現在の時刻は七時四十分。
教室内の生徒も、俺を除けば二、三人程しかおらず、静けさが漂っている。
いつもなら八時過ぎに登校する俺が、わざわざ早い時間に来たのは何故なのか。
それは早起きしたからだ。
昨日、寝坊して遅刻ギリギリだったこともあり、今朝は目覚ましを二重にかけたのだ。しかし、起きたのは朝の六時。目覚ましの鳴る一時間前だ。
二度寝しようとも思ったが、完全に意識が覚醒していて眠れなかった。特にやることもなかったため、仕方なく登校に踏み切ったわけだ。
「おい、青春援助部の丸口彼方だな」
「え、あ……えっ、誰?」
突如として現れた男子生徒に戸惑う俺。
キッチリと切りそろえられた黒髪にぴょこんとアホ毛を生やした男子生徒。背丈は俺と同じ百七十かちょっと上だろう。
まあ、うん……そんなことは置いといて。マジで誰だ。
「
松岡ね…………あっ、思い出した。茅野の話にちょくちょく出てきてた人だ。
「……それで松岡、くん?」
「松岡でいい」
「ああ、じゃあ松岡。どうしてここに?」
「どうしてだと……月夜。月夜をお前が誑かしているからだ!」
はい? 何を言ってるんだコイツは。
茅野から依頼を受けて、ここ二日は部室で会ってはいる。けど、誑かすとかは断じてしてないぞ。
首を傾げ困惑する俺にお構いなく、松岡は一歩詰め寄って声を荒げる。
「とぼけても無駄だ! 青春援助部のちび女と月夜から証言は得ている」
証言って……吉野はいいとしても、茅野さんが俺を売るような真似をするとは思えないんだけどな。
てゆうか、うるさいな。朝なんだから、もう少し静かにしてくれないかな。頭に響くし、人の視線も痛い。
「黙ってないで、何とか言ったらどうなんだ!」
「いや、あのさ──」
茅野の件に関わっている以上、無関係ではない。が、さすがに身に覚えのなさすぎる理不尽な怒号に耐えられず、反論しようと口を開いた時だった。
「やっぱり先に行ってた。廊下まで響いてるよ、信長」
そう言って、一人の女子生徒がこちらへと歩いてくる。
次から次へ、いったい何なんだ。
「朝陽か。何しに来た、この外道とは俺が話をつけると言っておいただろ」
「えー、あたし納得してないし。それに、月夜を手玉に取った男の子がどんな人か、お姉さん気になるな~」
「教室に帰れ、お前までこいつの毒牙にかかったらどうする」
「だいじょーぶだよ、あたしの気持ちは知ってるでしょ? で、君が丸口彼方くんだね?」
松岡の脇をすり抜けた彼女がニコリとこちらを見下ろしてくる。
「はぁ、そうですけど。そっちは……茅野さん?」
亜麻色の髪をショートカットにした、茅野月夜と瓜二つの顔が眼前に立っていた。
おそらく、いや間違いなく茅野の姉だろう。
「あれ? 君って……」
俺の顔を見た途端、固まる茅野姉。
「あの、俺の顔に何か?」
「ううん何でもないの、ごめんね」
茅野姉はごめんのポーズを取ると、すぐさま笑顔に戻る。
「もう気づいてると思うけど、改めて月夜の姉の
「馴れ馴れしくするな、敵だぞ」
敵ってなんだよ。別に味方でもないけどさ。
マイペースに世界を構築しようとする茅野姉を意に介さず、松岡は話を戻しにかかる。
「こっちの要求はただ一つ。即刻、月夜から身を引け」
「……ほんと、何を勘違いしてるか分からないけどさ、そもそも頼って来たのは茅野さんの方だから」
「何だと、この期に及んでまだそんな──」
我慢の限界がきたのか、俺に襲いかかってこようとする松岡の襟を茅野姉が掴む。
「待って信長。月夜が自分から君に頼ったの? 丸口くん」
「お、俺にってわけじゃなくて、
ビビったー。暴力とかはマジ勘弁してくれ。百負ける自信がある。
「じゃあ偶然……」
「おい朝陽、離せ! 適当なこと言って逃げようとしてるだけだ。騙されるな」
騙すって、コイツバカなのか。青春援助部のことを知ってるなら依頼が来て始めて活動することも知ってるはずだろ。
「う~ん、色々と考えたけど今回は君たちに任せてみようかな」
「⁉ 正気か朝陽。こんなどこの馬の骨とも知れない奴に月夜を預けるなんて」
「いいのいいの。姉のあたしが許可します。月夜がした依頼も大体想像つくしね」
穏便に終わりそうだな。茅野姉が常識的で助かった。
ようやく終わったと、胸を撫で下ろしたのも束の間、茅野姉の表情が真面目なものへと変わる。
「でも、一つだけ……来週の中間テストで月夜が一教科でも赤点を取ったら、今後一切月夜とは関わらないでもらえるかな」
赤点で茅野との関係が切れるだと…………まあ、いいか。
元々、関わる気なんてなかったんだし、失敗しても失うものはないな。
「その代わり、赤点を回避したら月夜が望んでる関係になってあげる」
なるほどね。察しがいいというか意図して関係を進めてなかったわけか。
そりゃ茅野がいくら頑張ろうが無理なわけだ。
「分かった、それでいい」
「じゃあ、またね。君には期待してるよ丸口彼方くん」
「待て! 俺は納得してねえぞ!」
「はいはい、いいから行くよ信長」
手を振ってから、怒る松岡を引きずって教室から出ていく茅野姉。
それを眺めながら、ふと気づく。視線の数が増えていることに。
ちらと時計を見れば、時刻は八時に差し掛かろうとしていた。
はあ、最悪だ。またいらん注目を集めてしまった。こんなことなら家でゲームでもしてればよかった。
俺は机に突っ伏した。
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