モブから始まる高校生活
麻月 タクト
プロローグ
春──桜舞い散る出会いと別れの季節。
先月、中学校を卒業した俺こと──
まあ、高校生になったからと言って、モブである俺には出会いなんてものはない。中学の卒業式で別れがなかったようにな。
そんな背景野郎の俺は現在、新品の制服に身を包み新たな門出に心躍らせながら一人最寄り駅の大山へ向けて歩いている。
天候は快晴で暑すぎず寒すぎない心地のよい暖かさだ。入学式は億劫ではあるが、その後の帰り道に立ち寄る予定のイヲン四階にある本屋で買うラノベを想えば多少の障害も苦ではない。
「ふふっ」
笑みを漏らし角を曲がると、少し先に見覚えのある青みがかった黒短髪の後ろ姿が目に入る。
──
中学時代の同級生で善人を絵に描いたようなイケメンだ。ついでに言えばこの世界にいる主人公の一人でもあるのだろう。
校内でも主に女子からキャーキャー騒がれてたのを覚えている。しかし、あの制服……あいつも同じ高校なのか。そういえば受験の時にいたような気がする。
まあ、高校でも関わることなんてないだろうし気にするだけ無駄──
「いったーい。ちょっとどこ見て歩いてんのよあんた!」
前方から聞こえてくる穏やかじゃない声に顔を上げる。と、先を歩いていた一条が女子と何やら揉めていた。高校の入学式前、主人公らしく早速イベント発生か。
しかし、揉めていると言うより一条が一方的に女子に責め立てられている。
「もう、どうしてくれるのよ。パンが落ちちゃったじゃない」
「すまん、わざとじゃないんだ。あんな勢いで走ってくるとは思ってなくて。立てるか?」
どうやら、角を曲がってきた少女と運悪く衝突したみたいだ。今時ラブコメでも見ない古典的な出会いだな……パンも咥えてたし。
にしても美人だな。金髪ロングに碧眼でトレードマークと言わんばかりに頭には水色の大きなリボンを付けている。この辺で見かけたことないし旅行者か? あれ、でもあの制服って…………いやいい、どちらにしろ俺には関係ないことだ。入学式に行こう。
気持ちを切り替え駅に向けて足を踏み入れた俺の横を颯爽と一人の少女が駆け抜けた。
「もー、一緒に行こうって約束したのにどうして先に行くのよ昂輝のあほ。ってどうしたの?」
そう言って一条に声を掛ける少女の名は麻倉いのり。ウェーブがかった銀色のくせっ毛が特徴の可愛らしい美少女で、元同級生。男子がギャーギャー騒いでたのを覚えてる。
一条が主人公なら麻倉はヒロインってところだな。
「ちょっとぶつかちゃってさ。その制服、君も友橋高校だよな? 入学式の後で良かったら俺がダメにしちゃったパンを弁償するよ」
「べ、別にいいわよ。ちゃんと謝ってくれたからチャラよチャラ」
「ほんとにいいのか?」
「いいわよ。それに私、入学式の後予定あるし。じゃあね」
手を振ってこちらに走り出してくる少女。
「おーい、駅はこっちだぞ」
「……ぐっ、分かってたわよ」
赤面している姿を見るに分かってなかったな。
振り返って足早に一条の横を通り過ぎようとした少女に麻倉が待ったを掛ける。
「私たちも駅に行くし、一緒に行かない?」
「心配しなくてもヘーキ。一人で行けるわ」
麻倉の誘いを断った少女は、踵を返さず真っ直ぐ進んで行くが突き当りの分かれ道を迷わずに左へ進んだ。ちなみに駅に行くなら右だ。
こうなることが分かっていたのか、麻倉はすぐさま少女の元へ駆け寄っていく。
「やっぱり不安だし一緒に行こ」
「ヘーキだって言ったでしょ。私に構わないで彼と一緒に行ったら? 約束してたんでしょ」
「そんなこと気にしなくても大丈夫だよ。昂輝もいいでしょ?」
「いいに決まってるだろ。困ってる人がいたら助けるのは当り前だしな」
「あ、あなた達がそう言うならお願いするわ」
照れているのか顔を逸らす少女を見て、一条と麻倉はどちらからともなく笑みを零す。
なんだこの空間は、圧倒的場違い感が凄い。はぁ、なんか唐突に自己紹介タイムが始まってるし。マジでなに見せられてるんだこれ、さっきから背中が痒くてしょうがない。
俺、これからあの甘酸っぱい空気を作り出してる三人と同じ電車に乗るわけだろ。はは、変な汗が出てきたぜ、だが臆することはない。俺には中学三年間で鍛えに鍛え上げた己の気配を消し風景に同化する奥義がある。
これを駆使して今日からの三年間、夢のヲタクライフを実現して見せる。
さあ、陽キャと関わることのない平凡な高校生活を始めようか。
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