第32話 先代魔王の3Pデート



「では、これより西口に向かう」

「えっ、じゃあなんでいけふくろうで集まったんですか?」


 ラウラの言葉に、シロが首を傾げた。

 ラウラは言葉を続ける。


「西口ってわかりやすい目印がないであろう。普段、渋谷と本部以外にはいかぬエリアーナには特に分かりにくいかと思ってな」


 エリアーナが怪訝な顔をして呟く。


「……本当に、気味が悪いまでのお気遣いですわね」

「なんか我に対する当たり、強くないであるか???」

「「ご自分の胸に手を当てて聞いてください」」


 中央の地下道を通って、途中チーズタルトの良い香りをかぎながら、東武百貨店側へ抜ける。

 日曜日の池袋は流石というべきか人でごった返していた。

 小奇麗に纏めた若者から、ゆったりと肩を並べて歩く老夫婦、他にも大きな機材を引いて歩くバンドマンや、デジタルサイネージをカメラで連写するオタクの姿まで老若男女、多種多様な人々が往来する。


 当代魔王が今の座に就いた直後の混乱期には考えられなかった光景だ。

 それを見て、シロがぽつりと呟く。


「平和、ですね」

「そうであるな。……我は、こういうのがよい」

「…………」


 ラウラの言葉に対して、エリアーナは何も言わなかった。

 彼女は四天王という役にいる身。繋ぐ言葉はないのだろう。

 ラウラもそれを分かっている。そして敢えてそれをラウラが口にしていることをエリアーナもまた分かっていた。

 だからこその沈黙。


 代わりにエリアーナはラウラの隣に並んで訊ねてくる。


「ラウラ卿は池袋の地理に詳しいようですが、よくこの街を訪れますの?」

「まあ、な……」


 ラウラは少し言い淀んでから、


「カエデたんの限定グッズは、池袋ここでしか手に入らないものも多いのだ」

「ああ……そういう……」


 聞いたわたくしが馬鹿でした、と言わんばかりのジト目を向けてくるエリアーナ。

 しかし、今のは流石にラウラに非はないではなかろうか?


 東武百貨店の前にあるエスカレーターから地上に出て、ロータリーを左折。

 東京芸術劇場げいげき前の広場を右手に見ながら路地を進む。

 そうして数十秒歩けば、目的のホテルは現れた交差点を挟んだ向かいのすぐそこにあった。


 洒落た入り口をくぐると、目的のビュッフェ会場はすぐそこにあった。


「へえ、なかなかいいではありませんの」

「私、お肉が食べたいですお肉」

「……貴女、さっきは和食が食べたいと言っていたではありませんの?」

「気が変わったんです」

「……相変わらず食いしん坊ですわね」

「エリアーナこそ、ちゃんと食べないとその自慢のおっぱいもしぼみますよ」

「しぼみませんわよ!! ……しぼみませんわよね?」

「予約していた羅雨羅らうらである。三名だ」


 後ろでにゃーにゃーとじゃれあう二人を尻目に、ラウラは受付の女性に声をかける。

 ほどなくしてボーイがやってきて、三人を席に案内した

 通されたのは窓際のテーブルだった。


 無言の駆け引きの末、シロが奥、エリアーナが通路側の順で二人が横並びに座る。

 ラウラはエリアーナの対面の通路側の席に腰を下ろした。

 じとっとした目をシロに向けられるが、特にエリアーナの前の席を選んだ理由はない。……のでそんな目で見ないでほしい。人間界で〝合コン〟なるものの鉄則では意中の相手の左斜めに座せよ、という言葉があるくらいだからむしろ許して欲しいまである。


 ボーイによって簡単に説明がされる。

 どのエリアに何があるのかや、途中、数量限定で一人一品だけ提供されるプレートがあるということ。ドリンクの場所などなど。

 そうして一通りの説明が終わりボーイが立ち去ると同時、シロが勢いよく立ち上がった。


「ラウラ様っ、行きましょう! 時間は有限ですよ!」


 そう言って足早にビュッフェコーナーへ突撃していくシロ。

 その後ろ姿を見て、エリアーナは苦笑した。


「あれではまるで子供ですわね」

「実際、シロはまだ子供であるからな」


 意外なことに、ジロリとエリアーナに睨まれる。


「それ、本人に言ってはなりませんわよ」

「他意はない。……ただ、シロは本当にあの年でよくやってくれていると思ってな」

「……それは、ええ。そうですわね」


 それからラウラとエリアーナもまた、シロに続いてそれぞれ思い思いの料理をプレートに取っていった。

 サーモンのムニエルに、ビーフストロガノフ、水餃子からフルーツがたっぷり乗ったタルトまで──古今東西、多種多様な手の込んだ料理たち。

 テーブルを何度か行き来して、前菜からメイン料理、デザートから飲み物に至るまで、贅沢に並べた。


 これ以上はきりがないと思ったところで、三人はようやっと席につく。


「……ちょっと、これは欲張って取り過ぎてしまいましたわ」

「我も少し調子に乗って取り過ぎてしまったな」

「貴女は……少々、盛りすぎ・・・・では?」


 エリアーナが指摘した先。

 シロの持ってきたプレートには色とりどりの料理が文字通り山盛りにされていた。


「そうですか? 私はまだまだ取り足りないですけど」

「……別に貴女がいいのであればそれでいいですが」


 対してエリアーナは、まるでコースで出てくる一枚のように空白をうまく使って綺麗に盛り付けがされている。ザ・お嬢様といった様相である。

 ちなみにラウラはシロとエリアーナの中間のような、何の変哲もない盛り付けだった。


「それでは、食事を始めるか」


 特段、祈る神ももたない三人は、ラウラのその言葉で食べ始めた。


「あら……中々美味しいですわね」

「お、お肉、やわらかいです……!」

「ふむ……人間界の食事は久々であるが……やはり美味いな」


 一口、二口と食べすすめ、それぞれが感動を口にする。


「まだラウラ卿が現役だった頃は、よく地球との会合が開かれていましたものね」

「よく胃もたれしたものだよ。……流石に今はないのか?」

「そうでもありませんわよ。地球といえどわたくしたちと同様、一枚岩ではございませんもの。こちらと懇意にしたいと考える人間たちが寄ってきて、接待しにくることもしばしばありますわ」

「そういうものなのか」

「二人とも、今は仕事の話なんてやめてください。こんなにおいしいご飯があるのにもったいないです……っ!」


 いつの間にか眉間に皺を寄せていたラウラとエリアーナだったが、シロの言葉に思わず吹き出す。


「それもそうであるな」

「……そう、ですわね」


 それからは、実に穏やかな時間を過ごした。

 シロもエリアーナも、じゃれ合い程度の言葉の応酬はすれど、いつぞやの渋谷で相対した時のような殺伐とした雰囲気は一切なかった。

 シロはただひたすらに料理に舌鼓を打ち、

 エリアーナはそんなシロと呆れながらも談笑し、

 ラウラはそんな二人を紅茶を片手に眺めていた。


 そうしてしばらく時間が経った頃。


「失礼。お花を摘みに」


 エリアーナが席を立った。

 すると、山盛りにしたローストビーフを無心に食べていたシロが不意に動きを止め、同じく椅子を引く。


「……私も、ちょっと行ってきます」

「あ、ああ……」


 シロの表情が妙に真剣だったため、ラウラは首をひねる。

 先ほどまでの平和そのものな雰囲気から一転、空気が張りつめるのを感じたのだ。


「……どうしたのだ、一体?」


 そうしてラウラは一人、テーブルに取り残された。



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