第25話 ランクFだけど実は元魔王です
一連の出来事を眺めていたらしいアツシが、その他の男たちとともに大声で笑い出した。
「だひゃひゃひゃっ!!!! えふっ、エフって!! F! ラン! ク! よわすぎるって!!!!」
ぎゃははははと貧相の欠片もない音が響く。
それに続いてカエデのファンたちもまた、ニヤニヤ笑いながらラウラのことを見てきた。
マネージャーに至っては、最早ドン引きの表情をしている。
「ふーむ?」
かく言うラウラもまた腕を組んで首をひねる。
この嘲笑の空気。
そしてFという不穏なアルファベット。
恐らくと言うか、間違いなく低いランクなのだろう。
別に気にしないのだが、こうあからさまに馬鹿にされると──
「……我、ちょーっと不愉快であるな?」
「何か言ったでござるか、ラウラ殿?」
「何も言ってはおらぬ。気にするな、肉侍よ」
すると、ラウラの手の中でスマホが震えた。
見れば、LINEの通知である。
ラウラの電話番号を知っているのは現状、一人しかいない。
緑色のアイコンをタップすると、
白猫:『今度なにかごほうびください』
シロからのメッセージが入っていた。
続けてメッセージが画面下部から表出する。
白猫:『私すごくがんばりました』
文末にはぴえん顔が付いている。なるほどこれは可愛い。
白猫:『ごほうびはデートでいいですよ。それかお嫁さんにしてください』
ラウラは念話で入力しようとして、周りの目があることを思い出して、指先を画面に滑らせる。
我 :『では前者で。感謝しているぞシロよ』
了解、とデフォルメされたシロが無表情で敬礼するアイコンが出てくる。
これも魔術で作ったのだろうか。いや、シロのことだ。もしかしたら自分で手書きした可能性もある。
それにしても最近、何か似たような約束を誰かとしたような気がする。
……が、今そのことは脇に置いておくとしよう。
我 :『ところでシロよ』
白猫:『?』
我 :『我のランク、どうやらとても低いようなのだが』
白猫:『ああ、そうでしょうね。とりあえず一番下のランクにしておきましたので』
「なぜに!?!?!?????」
無意識にラウラは声に出して叫んでいた。
我 :『なぜ??????』
白猫:『だってその方が好き勝手できないでしょう?』
我 :『我、他の者どもに馬鹿にされているのであるが』
白猫:『耐えてください』
我 :『ちょっとだけ……ちょっとだけ上げてはくれぬか? そうであるな、上から二番目……いや、三番目くらいに』
白猫:『ダメです』
我 :『なぜ!!!?』
シロは続けた。
白猫:『いいですかラウラ様。ラウラ様は忘れているようですが、本来は封印されている身なのです。遊び惚けてちゃダメなんです。なぜなら当代魔王に見つかったら、大事になっちゃうんですよ?』
我 :『見つかっても大丈夫であろう』
白猫:『当代魔王とラウラ様の全力バトル……想像しただけで面白そうですねえ? 日本という島は、秒で消し飛びますよ。ラウラ様が大好きなカエデ嬢と一緒に、ね』
「────」
ラウラは息を呑んだ。
我 :『それはいかん!!』
白猫:『そうでしょう? ええそうでしょうとも』
我 :『我はいったいどうすればよいのだ……?』
その時、画面の向こうでシロがニヤリと笑った気がした。
白猫:『擬態してください。完璧に、完全無欠に、弱き人間に。そうすれば当代魔王にも気付かれず、ラウラ様はいつも通りに推し活ができるはず』
「なるほど……」
擬態。
模倣すればいい。そういうことか。
ラウラが今、こうしてヒトの恰好を真似しているのも、スマホを介してシロとコミュニケーションを図っているのも、思えば擬態の一環だ。
つまるところ、ソレを全力でやれば──これから先もずっとカエデを安心して推せるということか。
白猫:『そうですね……ラウラ様はオタクでひきこもりで学校を休みがちな男子高校生、といったところがでしょうか。さらに中二病が直らなくていまだにこじらせている陰キャ男子……ふふふ、きっと放課後に私みたいな綺麗で可愛い女性に誘われて、ひっそりと大人の階段を登ってそう……。ふふっ……なんだかはかどりますね?』
我 :『悲報:我、秘書の言葉が一割も分からない』
白猫:『つまり人間の冴えない男子高校生に擬態してください、ということです』
「ふむ──」
そういうことであれば、理解した。
決して簡単ではないだろうが、全てはカエデとのめくるめくワンダフルライフのため。
冴えない男子。
人間界に疎いラウラであるが、これでもインターネットの海は一日中泳いでいる立派なインターネット中毒者だ。
シロとはまた別に、イメージは完璧に持っている。
「──プレデター帯の二人パーティにバグでまざってしまったブロンズ帯。往く先もわからず、撃ち合いも分からず、外周で死ぬこともあれば、ウルトを使わないまま死ぬこともある。そんなお荷物──。……なるほど、冴えない男子、か」
「ラウラ殿? ラウラ殿ー? 本当に大丈夫でござるか、何をブツブツ言っているでござるか??」
我 :『了解した』
白猫:『せいぜい頑張ってください』
やや棘のあるシロの言葉も、今は力みなぎる応援の声に聞こえる。
そしてラウラはようやくスマホから顔を上げた。
「お、やっと現実に戻ってきた」
ニヤニヤ笑いが止まらないアツシと、その他男子諸君。
早速アツシの周りには比較的イケイケにファッションをまとめている男から構成される十名ほどの取り巻きが出来ていた。
彼らは真っ先にラウラを煽ってくる。
「君、なんでそんなザコなのにオフ会きちゃったの??」
「Fってやばくね? てか実質てきに落第印じゃね? むしろ僕無能です、って言うための証明書だよね?」
「ここのダンジョン、クソちょろだけど、あんた、もしかしたら死んじゃうんじゃないの?」
ラウラはひとつ溜息を吐いた。
「……人とは、こうも上に立とうとする生き物なのか」
「は? 何か言った?」
「別に、何も」
「あっそ」
すると、カエデの声が飛んでくる。
「皆ー! 事前に預けてもらってた武器が届いたから、こっちに取りに来て!!」
ざわ、と一斉に声が立ち、男どもの意識が一斉にカエデへと向かう。
それからぞろぞろと男たちはカエデのもとへと歩き始めた。
すると、アツシはその流れに乗る形で歩き、ラウラの身体に肩をぶつけてきた。
ラウラはアツシを吹き飛ばしてしまわないよいうに力を受け流してたたらを踏む。
「さっきの意味不明な発言はなかったことにしてあげるからさ──」
その様子をアツシは勘違いしたのか、せせら笑いながら、
「──君みたいなザコは隅で大人しくしててよ」
そう言って、立ち去って行った。
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