第6話 うちの秘書はアプローチが強い
次元門を超えたラウラは、いつもの洞穴へと戻ってきていた。
──と同時に、シロに鬼詰めされていた。
それも、実に二時間もの間。
「まっっっったく、ラウラ様ったら!! 一体全体どういうおつもりなんですか!!
「まて、落ち着け、シロ⋯⋯。それに
「これが落ち着いてなどいられますか! あんな地球人にお金をつぎ込むばかりか、御身を危険に晒して⋯⋯しかも、目撃者たるエリアーナを生きて返すなど!」
シロに人差し指で胸骨をつつかれながらずんずん進む彼女の足に合わせて、ラウラもまたAmaz○nの空箱の山間を後退していく。
「わ、悪かった、悪かったシロよ。しかし、カエデたんが危うく殺されてしまうところだったのだぞ、そのようなこと見過ごせるはずも⋯⋯」
「だから代わりにエリアーナを殺しておくべきだったのです! あの女狐のことですっ、絶対にラウラ様がここから逃げないよう魔王軍中に触れ回るはずです!」
「しかし、エリアはかつての我の大事な右腕⋯⋯殺すなど絶対にできぬ」
「でしたら最初から『おしかつ』とやらもせず、静かにここで余生をお過ごしください! どうしてあの地球人に固執するのです! 私がいるではありませんか!!」
ラウラの足がダンボールの角に引っかかる。
そのままシロの身体ごと後ろに倒れる。
「きゃ⋯⋯っ!」
シロの身体を庇うように、ラウラは彼女を抱きすくめる。
果たして、ラウラとシロは薄く潰れた布団の上へと投げ出された。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
ラウラの身体の上に、覆い被さる形に倒れたシロ。
彼女の甘い香りが鼻腔を満たし、手入れが行き届いた滑らかな白銀の髪が頬をくすぐる。
シロの身体は華奢なわりに、こうして密着するとちゃんと女なのだとよく分かった。
彼女の胸が腕がら足が──その身体全てが柔らかく、そしてラウラの肌に吸い付く。
「し、ろ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ラウラ様」
顎を引くと、すぐ目の前にシロの顔があった。
頬は真っ赤に染まり、唇は紅を引いたように桃色にぷっくりとふくれている。
シロの星空を閉じ込めたような美しい色の瞳は、涙に揺れていた。
「どうして、あの地球人なのですか? あの方が、そんなにいいのですか? 愛してしまって、おられるのですか?」
囁くように、泣くように、シロが言う。
ラウラは首を横に振った。
「違う、違うのだシロよ。我はカエデたんのことをあくまで推しているだけであって、色恋の感情とはまた別で──」
「それの何が違うのですか!」
シロは顔を涙でぐしゃぐしゃにして叫ぶ。
「私はこんなにもラウラ様をお慕いしております。愛しております! なのになぜ! どうして私ではダメなのですか!」
「シロ、それも違う。違うのだ。シロは我にとって大事に過ぎるのだ。大切に過ぎるのだ。言わば高嶺の花なのだ」
「そんな距離、私にはいりません。こんなに近くにいるのに!」
シロは息を吐き、両目を閉じる。
そしてそっと桃色の唇を近づけた。
「──でしたら、お願いです。私を受け入れてください」
「────」
甘い香りが強くなる。
シロのくちびるが目の前に迫る。
ラウラは心の内で激しく葛藤した。
シロを手に入れたいと。自分のものにしたいと。
しかし、それと同時に、先の言葉通りラウラにとってシロとは先祖代々伝わる宝石のように大切な少女だった。
迷う。渇する。
──その苦悶の最中。
「…………っ!」
シロがその身を跳ね起こした。
同時、ラウラもまた身体を起こした。
二人して見るのは洞窟の入り口。
固く閉ざされた鉄扉の向こうを睨みつける。
ここにあるはずのない第三者の魔力──それを感知したのだ。
「ラウラ様、誰か来ます……!」
「この魔力は……まずい、もう一人の四天王・ジェスターであるな。シロ、身を隠せ。我とシロが共にあるところをあ奴に見られては面倒なことになる」
「はっ、はい……っ!」
くらましの魔術でその身を透過させ、闇に溶かすシロ。
ラウラは魔力を篭めた右腕を横に薙ぐ。
途端、山積みになったAmaz○nの箱や、カエデのグッズの山がたちどころに姿を消す。別次元へと一時的に飛ばしたのだ。
そして今度はラウラは左腕を掲げた。
すると、暗闇の四方八方から紫色に脈動する鉄鎖がやってきて、蛇のように次々にラウラの身体へと巻き付く。鉄鎖はうねり、とぐろを巻き、やがてラウラの四肢を拘束すると、洞窟の天井から吊るす形で磔にした。
ラウラは自分自身に封印の魔術をかけたのである。
直後、洞窟の入り口を封印していた鉄扉が重厚な音とともに開け放たれる。
外の光が差し込み、洞窟内の埃を粉雪のように照らした。
光の中から細身の男──四天王・ジェスターのシルエットが現れ、洞窟へと踏み込んだ。
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