第19話 2人の秘密 ③
彼の父親が夕飯にステーキをご馳走してくれるというので、どこか店へ入るのかと思っていたのだが、実際は基地内で販売されているポンド表示の肉であると知ったのは、ボール拾いの仕事から解放された後だった。
自宅でバーべキューをする流れになり、春野はどうしたものかと迷っていたが、結局ステーキの誘惑に耐えられずウェッショーの自宅へお邪魔することにした。
いわゆるお泊りだ。
汗でべたつき居心地が悪かったので先に入浴を済ませたかったのだが、煙で臭くなるからというので、食事を優先することになった。
平日にバーベキューする奴があるかといった心の内は、常に上機嫌だった彼の父親を見て口には出さなかった。
「てか意外だね。今まで彼女がいたことないって。アメリカではモテそうなのに。なんだっけ、あーゆーのがあるんでしょ、ほら、ジャングルフィーバー?」
冷房の効いた室内。
2m近い彼の体に合わせたキングサイズを超えるベットで、入浴後のストレッチする春野は隣に居るウェッショーへ話を振った。
先ほど、食事中に彼の父親が話していた内容を思い出したのだ。
彼専用の高級ベットは、よく見る庭に設置されたトランポリンほどのサイズ感で、しかもリクライニング機能までついており、リモコンのボタン1つでベットの上部が起き上がって背もたれへ変貌する。
そして正面には学校の授業で使われるようなテレビよりも2回りぐらい大きなモニター。
これはウェッショーの自室というよりむしろシアタールームだ。
そのモニターを使い、ゆっくりくつろぎながら呪術廻戦のウォッチパーティーをしている。
「ジャングルフィーバーとかよく知ってんな」とウェッショーはあきれたような口調で言った。
「まあ確かにアメリカにいた頃はモテたな」
「じゃあなんでまた。タイプの女がいなかったの?」
見かけでは年頃の男女が1つ屋根の下という状況であるが、色気のいの字もなければ、ぎこちない雰囲気が2人の間にあるわけでもない。
というよりむしろ快適でリラックスムードだ。
今まで気の合う男と出会ったことがなかったが、もしかしたらウェッショーとは波長が合っているのかもしれない。
野球の試合を終えた後、ウェッショーの父親と3人で話している時に、周りの人に対して打ち明けたことのなかった自身の性的趣向も、なぜだか自然とためらいもなく口から出ていた。
「タイプの女って言うか、そんなんじゃない。絶対信じないぞお前。人に言って信じてもらえた事ないからな」
「え、いいよ。信じるから。なに、なに?」
ウェッショーは少しためらう様子を見せ、ゆっくりと口を開く。
「俺、恋愛感情ない人。なんなら性欲も無い」 春野は口を開けぽかんとした。
「いやいやいや、絶対嘘」
「ほらな。信じないだろ」
「恋愛感情ないは信じてもいいけど、性欲無いは無理があるって。うち、テストステロンがなんちゃらって言われた後調べたよ。あれって性欲にも関係あるんでしょ。お前テストステロンの塊みたいな体してる癖に性欲無いはうそ。うちなんかウエイト始めてから性欲やばいよ」
「じゃあお前、その性欲どうしてんの?」と笑うウェッショーが逆に質問を返してきた。
「それは乙女に聞くな」
「ふざけんな。どこに乙女がいる。残念だけどほんとだぞ。前は悩んでたけど、もうあきらめたからな、俺」
「なんかお前、可愛そうだな」
「もうこの話やめよう」 春野から馬鹿にするような口調で言われ、辟易とした様子のウェッショーはため息をもらした。
モニターの中では激しいバトルシーンが繰り広げられており、自然と会話が途切れる。
しばらくアニメの世界に没頭していると、登場キャラたちが野球をしているシーンへ移行し、春野は思い出したように切り出した。
「そういや、うちはどうやったら野球部入れるの?」
「あーそういや、今日来たものそんな理由だったな。」
「うちも忘れてたわ」
「成享に言うか」とポケットからスマホを取り出したウェッショーはスピーカーモードで電話をかけ始めた。
「成享って監督だっけ?」
ウェッショーはうなずいた。
しばらくして通話がつながり、「あの、今11時半ですよ、ウェッショーさん」とけだるげな声が聞こえてくる。
「どうせ起きてるだろ」
「起きてるけどさぁ。まあいいや、なんの用?」
スピーカー越しに向こうがあきれている。
「春野っていう女が入部したいって言うから、明日体験に連れてくるよ。いいよな?」
「えっ、春野って春野夏穂さん?」
「は、そうだけど。知ってんの?」
「いや、名前だけ。どういう風の吹き回しだ。ウェッショーこそ、春野さんの知り合い?」
「知り合いって言うか、今隣にいるけど」
――めんどくさ、こいつ。
成享が困惑しているので、一言なにか言っておくかと会話に混ざる。
「明日からくるね。よろしく」
「あ、はい。それはいいとして、2人ともちょっと説教を……」と言いかけたところでウェッショーが通話を切った。
「なんでうちのこと知ってんのこいつ。きもすぎでしょ」
ウェッショーは首を傾げ、「さあな」と一言だけ言って、何事もなかったかのように再びモニターへ目線をやった。
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