『私』を持たない『私』
彩
『私』を持たない『私』
「元気ですか?」
初めて訪れた心療内科、1時間以上待って通された診察室。医師のひと言目はそれだった。
「元気なんかじゃない。しんどい。どうしようもなくしんどい。」
泣いてしまった。限界だったから。最近会った出来事、仕事、家族、恋愛、すべてにつらいことがあり、全部話した。
「カウンセリング、紹介しますね。少し離れたところにカウンセリングルームがありますから。」
そう言って地図を渡された。涙を拭いて外へ出る。地図の通りに歩いたつもりなのに、徒歩約3分と書いてあるのに、10分歩いてもたどり着かない。はぁ、こんなときにもどんくさい自分が嫌になる。20分ぐらいしてやっと見つけた。受付をして、カウンセラーのいる部屋に通される。
「どうされました?」
聞かれたことに答えた。何がつらかったのか、どうすれば楽になっていけるのかを話した。でも、45分なんて足りない。
「また次回。」
不完全燃焼感を抱えたまま部屋を出る。知っている。カウンセリングは答えを見つけてくれるものではないし、回数を重ねないとその効果がわからないことも。でも、続けられなかった。やめてしまった。
私は知っている。何が原因なのかなんて。それは、『私』が『私』を持っていないからだ。
誰かに言われたから、誰かのためだから、
誰かが、誰かが…
何もかもそうして決めてきた。うまくいったときはその「誰か」のおかげ。うまくいかなかったときは、 “私のせい”と自分を責めながら、心の奥底では“あなたが言ったんじゃない”と思っている。“かわいそうな私を分かってよ、優しくしてよ”と、心の中では叫んでいる。
この“分かってよ精神”を出すと、甘えるなと言われてしまうから出さずに生きてきた。苦しくて助けてほしかったけど、助けてもらえなかった。(いや、カウンセリングとはそういうものだとはわかっているけれど。)
分かってもらえなかったから、また本心を隠して私は生きることにした。私ではない誰かのために。
それから8年。結婚し、2度の出産を経て、その後離婚。いまは、子ども2人を育てるシングルマザー。一人で子どもたちを守り育てていくためには、強くならなくてはならないと思っている。私は私のためでなく、今も子どもたちのために生きている。でも、昔に比べると幸せだ。本当の自分を分かってもらおうなんてどうでもいい。私の宝物の笑顔が失われなければいい。願わくば、母のようにはならないでほしい。
本心隠していい人でいても、遊びに誘ってくれる友達や連絡をくれる友達なんていない。誕生日のメッセージも来なくなった。家族ともなんとなく距離がある。
君たちは、本当の自分を大事にして、そしてお友達にも恵まれますように。自分を中心とした輪の中で生きていけますように。そう願って、君たちが巣立つその日まで、私は『母』として生きていく。私を『母』にしてくれてありがとう。
『私』を持たない『私』 彩 @ayaka_0812
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