おじいちゃん探偵譲三郎 ――老夫絢永極道街流憩奇譚――
柿月籠野(カキヅキコモノ)
龍の巻
第1話 友人
ぼやけた、白い天井。
枕元にある眼鏡をかければ、クロスの細かな
昨日は、楽しかったな。
何の用事も無かったけれど、仕事帰りに
いつもの居酒屋さんでの話は、盛り上がりも、しらけもしなかった。
小学校からの友人なのだから、当然だろう。
衛は中学を卒業すると、徐々にその道へと足を踏み入れ、三十代も目前となった今では、立派な
どうして? と聞くと衛はいつも、お前が頼りないからだ、と笑って恵太のおでこを
衛に比べれば平凡な人生だとは思うが、頼りないとは心外な。
全く別の道を選んだけれど、こうして、立派に生きているのに。
恵太は一人でふふ、と笑って、ぬくぬくの掛け布団を目の下まで引き上げ、寝返りを打つ。
なんてったって、今日は休日。あったかいお布団で、いつまででもぬくぬくしていていいのだ。
――しかし、お腹が
ぬくぬくの布団は惜しいが、そろそろ起きようかな。でも、寒いしな……。
しかし、掛け布団を握ってうだうだしているところに、呼び鈴が鳴る。
呼び鈴?
何か注文した覚えはないが、この土曜日に忙しく働いてくれている配達員を待たせる
恵太は急いで布団から出て、立ち上がりながら掴んだ眼鏡をかけ、寝間着の袖を両手でさすりながらインターホンへと走る。急に動いたからか、頭が
ああ、配達員は汗の染みた制服を着て働いているのに、自分だけ柔らかな寝間着だなんて、申し訳ない。だが待たせるのはもっと申し訳ないので、そのままインターホンで「はーい」と返事をして、「シマヤ急便でーす」の返答を聞いて、玄関を開ける――はずだったが、インターホンのスピーカーから返ってきた言葉は、予想だにしないものだった。
『警察の者です』
「は、は……?」
恵太は自分の腕を抱いたまま、寒さからか困惑からか震える口で、何とか疑問の声を絞り出す。
インターホンの画面に映るのは確かに、警察官らしい制服を着た二人の男だ。二人とも警察手帳のようなものをカメラに向けているが、恵太は刑事ドラマや推理小説には
『朝早くにすみません。昨晩の件で、お話を伺いたく参りました』
最初に『警察の者です』と言った男が、威圧感を与えないためかカメラから少し視線を外したまま、丁寧に言う。
「すっ、昨晩……?」
昨晩――。
このアパートで変死体が出た、とかだろうか。しかしそんなことがあれば、いくら近所付き合いが無いからといって、異変に気付かないはずがない。恵太は夜に帰ってきたのだから、何か作業をしたり、それこそ警察が来たりしているのが見えるか、聞こえるかするはずだ――。
夜……。
あれ……?
『昨晩、
「そんなわけない!」
恵太は理解できないままに、叫んでいた。
衛が、死ぬ訳がない。
あんなに元気で、いつもみたいに楽しく話して、笑って、それで、それで――。
恵太は昨晩の記憶を
衛と一緒に居酒屋を出て、それから、どうしたっけ。
駅まで歩いて、電車に乗って、家に帰った――のは、
昨晩の記憶だと確かに言えるものは、恵太の中には見付からなかった。
『詳しい事情は署でお話しします。捜査にご協力いただけませんか』
警察官の口調は柔らかかったが、それでも恵太は、衛が死んだのは殺人事件に
「はい」
恵太に、迷いは無かった。
衛がいなくなったことは、まだ受け入れられない。
だが衛のためならば、疑われてもいい。自分ができることを、全てやろう。
それは、衛が死んでいようが生きていようが、恵太の中で変わることのないものだった。
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