転生王子は逃げ切りたい~元社畜の俺、ブラックすぎる王国から逃走するために密かに鍛えていたら、いつの間にか最強になっていた~
あきらあかつき@5/1『悪役貴族の最強中
第1話 そうだ逃走しよう
人間はある日突然ころっと死ぬ。
そのことに気づいたのは死の間際のことだった。
多くの人間は漠然と、自分はいずれ老人になって年老いて死ぬのだろうと考えているが、思っているよりも死は突然やってくる。
けど、今になってみれば伏線のようなものはあった。
朝起きたら胸が痛いときもあったし、突然、頭痛に襲われたり、朝起きても体がなかなか動かないこともあった。
けれども三〇歳の俺にはそれが死の予兆だなんて考えていなかったし、気づかないふりをすればいつかは治るだろうと甘く考えていた。
だけど死の間際にようやく気がついた。
人間は働き過ぎると死ぬということに……。
若いからまだ大丈夫。疲れは休日にひたすら寝ればリセットされるし、仕事が忙しすぎるおかげでお金を使わずにすんで貯金も貯まる。
そうやって自分の行動を正当化していた。
だから上司にどんなノルマを課せられようとも『なんとかしますっ!!』と答えてきたし、実際にぎりぎりなんとかなっていた。
いや、今になってみれば命を削ってなんとかしていただけで、全然なんともなっていなかったのだけど俺はそのことに気づけなかった。
早朝から終電まで働き続けてもノルマなんて達成できそうにない。
その結果、寝る間も惜しんで会社に泊まって朝まで仕事を続けて、朝になればまた始業の時間を迎える。
最近は一週間の睡眠時間を計算したら一桁時間だったし、昼間に立ったまま眠りそうになったこともあった。
正直、体は限界に近づいていた。
それでもノルマを達成しなければ会社は回らないし、上司から『お前のことを期待しているから仕事を回しているんだ』なんて言われたらどれだけキツくても断れないよね……。
睡眠時間を削ってエナドリを何缶も空にしてひたすら働く。
そんな激務に年齢もクソもない。
今になって考えればそんなことすぐにわかるよ。
だけど俺は痛い目を見るまでそのことに気づかなかった。いや、心の奥では気づいていたのかも知れないけれど、知らないふりをしていた。
その結果、俺は限界に達した。
一週間ぶりに自宅アパートへと戻ろうとしていたときに駅の階段を踏み外した。
いや、正確に言えばその直前に胸に激痛が走って、そのまま倒れて階段を転げ落ちた。
痛い……痛い……胸が痛い……。
そして階段で強く打ち付けた後頭部が痛い。
頭と胸を襲う激痛に耐えながら俺は気づいた。
あ、俺……多分このまま死ぬんだ……。
何一つ報われることなく死んでしまうんだ……。
自分さえ頑張ればなんとかなる。
そんな漠然とした考えでプライベートを完全に犠牲にして、これまで身を粉にして働いてきた。
が、全然なんとかなっていなかった……。
薄れゆく意識の中で俺は思う。
俺の人生ってなんだったのだろうと。
いや、過去を振り返っても意味はないか。
だって受け身だったとはいえ、こんな人生を選択したのは俺自身だったし、勇気があれば過酷な環境から逃げることだってできたはずだ。
今更後悔してももう遅いのだ。
だから俺はこれからのことを考える。
死の先に待っているのは何か? 無だろうか? それとも新たなる人生が始まるのだろうか?
もしも後者だとしたら次は後悔しないような人生を送らなきゃな。
大切なのは自分の命だけだ。他人のために自分を犠牲にして死んでもいいことなんて何もない。
次も社畜になったら絶対に逃げよう。どれだけひもじい生活を送ったとしても、他人に後ろ指を差されたとしても、逃げて逃げて逃げまくって自分のために生きて行こう。
そうだ。そうしよう。
なんて考えているうちに、胸の痛みも頭部の痛みも消えて意識も朦朧としてきて、気がつくと俺は死んでいた。
※ ※ ※
朗報、社畜として死んだ俺が次に生を受けたのは大金持ちの家だった。
前世の俺が死んで次に目を覚ましたのは、ドレス姿のパツキン美女の胸の中だった。
自分を軽々と抱きかかえて微笑みかけてくる美女を見て自分が赤ん坊だと気づいた俺は勝利を確信する。
部屋にはよくわからない絵画や壺などの骨董品が所狭しと並べられており、俺を抱きかかえる美女は縁に金箔の塗られたソファに腰を下ろしていた。
さらには彼女の側にはメイド服姿の使用人まで立っている。
これはもう大金持ち確定演出です。
つまり俺の勝利です。
前世の激務が報われたのだろうか、俺は前世の記憶を持ったまま新たな生を受けることに成功したようだ。
この家に生まれれば人生イージーモードだ。
目を覚ましたときにそのことを確信したよね。
俺の母親らしきパツキン美女は笑顔で俺に何かを語りかけているが、どこの国の言葉なのだろうか、さっぱり理解できなかった。
が、こんな優しい笑顔ができる美女は優しい母親に違いない。
この人生であれば少なくとも過労死をすることもなければ、他人のために身を粉にいて働くこともないだろう。
使用人だっていっぱいいるしね。
ということで新たな生を受けた俺はまず、この国の言語を覚えることに全力を尽くした。
そして、言語を習得することの大変さを身をもって理解した。
前世の俺は言語習得に苦労をしなかったが、大人の記憶と理性を持った俺にとっては勝手が違ったようで、能動的に言語を覚えようとしなければ、周りの人間の言葉が呪文にしか聞こえない。
が、それも二歳の誕生日を迎える頃にはなんとか日常会話を理解できるレベルには習得できた。
その結果、いろんな事を学ぶ。
まず、おそらくここが異世界であること。
周りの人間の服装や、中世のお城のような我が屋をしていたのを見て、ワンチャン数百年前のヨーロッパにでもタイムスリップしたのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
ここが異世界だと理解できた理由。
それはこの世界では魔法というものが当たり前のように存在し、人々の生活に密着していたからだ。
火を起こすにも、畑に水をまくのにもこの世界では魔法が使われる。
前世の世界を生きた俺にはそれがとんでもない奇跡のように見えるが、当の本人たちにとっては当たり前すぎて奇跡でもなんでもないようだ。
そうだな。前の世界で俺が電気やガス、さらには石油を当たり前のように使用していたのと似ている。
彼らは魔法から得られる便利さを当たり前のように享受していた。
あ、そうそう。どうやら俺が生まれたクリード家はリクテン王国の王家らしいです。
もともと金持ちの家に生まれたとは思っていたけど、金持ちなんてレベルではなかったです。
クリード家は三〇〇年近くこのリクテン王国を治めている名門家で、このまま行けば嫡男の俺に王位が回ってくる予定らしいっす。
はっきり言おう。
ヌルゲーだ。俺は生まれながらにして労働から解放されて、一生の安泰を手に入れることに成功した。
これは神からの思し召しなのかな?
前世で身を粉にして働くという徳を積んだ結果、神様が今回は休んで良いよって言ってくれたのかな?
そうだ。そういうことにしよう。
なんて前向きに考えながら、使用人に身の回りの世話をしてもらいながら楽々ライフを送っていた俺だったが、六歳になる頃にはどうも様子がおかしいことに気がつき始めた。
「ウィレム、眠っちゃダメでしょ。先生からの課題はまだ終わっていないわよ。今楽をしても痛い目を見るのは自分なんだから頑張りなさいっ!!」
五歳になるころには我が城に専属の家庭教師がやってきて帝王学を学ぶことになった。
あ、今更ですが俺のこの世界の名前はウィレムといいます。
そして、勉強を始めるようになってきてからあんなに優しい笑顔を俺に向けていたパツキン美女の母親が、ヒステリックビシバシ教育ママに変貌を遂げていた。
朝から晩まで、勉強、魔術の鍛錬、そして勉強。
プライベートな時間なんて一ミリもない時間を過ごすことになった。家庭教師は夕方には帰るのだが、夕食を取り終えて風呂から上がると、そこからは先生に出された課題を解く時間が始まる。
そして俺がサボっていないか母親が常に俺の監視を続けていた。
あ、あれ……話が違うぞ……。
我がクリード家は三〇〇年もリクテン王国を統治する名門王家なんだろ?
安泰じゃん? そこまで頑張らなくても国体維持ぐらいできるよね?
三〇〇年も続いているんだし、俺一人がサボったぐらいで崩壊するほど脆弱な王国じゃないよね?
が、そんな俺の甘い考えを母親は許さなかった。
毎日毎日家庭教師から勉強の進み具合を聞かれ、少しでも問題があれば母親から容赦なく鞭を打たれた。
あ、鞭を打たれたってのは何かの比喩ではなく物理的に鞭を打たれました。
マゾっ気の強い人間なら美女に鞭を打たれるのはむしろご褒美だけれど、残念ながら俺にはその趣味はない。
数学はある程度前世の知識が仕えたけれど、知らない世界の知らない国の歴史を学ばされるのはとにかく辛い。
いや、それでも今我慢をすれば、その先に楽な生活が待っている。
そう思って勉学も鍛錬も一生懸命続けた俺だったが、そんな俺の淡い期待が打ち砕かれたのは俺が八歳のころだった。
我が父親、つまりはリクテン王国国王ザルバ三世はあまり俺や母親の前に顔を出さない。
そのことを疑問に思った俺は母親にその理由を尋ねたことがあったが母親は「パパはウィレムのために一生懸命働いているのよ」と答えるだけだった。
最初その言葉を聞いたときは嘘だって思ったよね。
なにせ父親は国王である。国王はこの王国でもっとも偉い人間だ。この国を自由に動かすことができる文字通り王様なのだ。
そんな彼が俺や母親の前に顔を出さない理由は、愛人にでもうつつを抜かして遊びほうけているからだろうと思っていた。
まあ、それに怒ったりとかしないけどな。
何せ王位を継げば俺も同じ事ができるのだから。そんな父親の自由ライフに憧れていた俺だったが、ある日の朝、俺の前に現れた父親を見た俺は絶望した。
「お、お父様……目の下にクマができています……」
俺の前に姿を現した父親は、まるで前世の俺の生き写しのように疲れ切ってやつれた顔をしていた。
そんな親父に執事が淡々とその日のスケジュールを話していく。
「陛下、朝食後は財務大臣の下へと向かいください。そこで来年の予算について詳しく詰めましょう」
「わかった……」
「その後は移動中の馬車で昼食をとって頂き、役人と意見交換をしていただきます」
「お、おう……」
う、嘘だろ……おい……。
え? 遊びまくってたんじゃないの? 女遊びをしているからずっと家を空けているんだよね?
そうだよね? そうだと言ってくれっ!!
「お、お父様……」
「ど、どうした?」
「さすがに働き過ぎでは……」
思わずそう父に問いかけると、父親は俺に微笑みかけて俺の頭を撫でた。
「ウィルム、国王とは王国民の
あ、こっわ……お父様、とんでもないことを言いますね……。
恐怖のあまり身を震わせる俺だが、そんな俺に父親は優しくさらに語りかける。
「確かに今は辛い時期かも知れない。が、ここでパパが頑張れば、その先に幸せな未来が待っているんだ。なーにいくら働いたても命までは取られないさ」
なんて気丈に振る舞う父親だったが、その言葉を聞いた俺は絶望する。
あ、あれ……お父様……それ前世の俺と全く同じ考えです。
そうなんだよね? 働いたぐらいじゃ死なないって思うよね?
けど、死ぬんですよ……。
そんな俺の予言が的中するように数ヶ月後、父親は朝ベッドで冷たくなっているのを執事に発見された。
次に王位に就いたのは俺……ではなく父の弟、つまりは俺の叔父に当たる人物だった。
どうやら俺はまだ王位に就くには幼すぎるらしい。
命拾いをした……。
そして、こいつもまた父親同様に馬車馬のように働いた。
そんな叔父の姿を見て、俺は決意した。
王位に就いたら俺は過労で死ぬ。
逃げよう。卑怯だと言われても逃げて逃げて逃げまくろう。自分の身を守るのは自分しかいないのだ。前世と同じ轍だけは踏むわけにはいかない。
俺はいつか王国から逃げるための準備を少しずつ始めることにした。
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