船旅 Ⅰ


   船旅 Ⅰ



 目が光る。私の人生は光に支配されている。汽笛が腹に響く。夜明け。湾内は船の前照灯に満ち満ちている。三等船室の私はそれらを遠く曲線の内より眺め、曲線の内に眠る。堅い枕に首を沈め、灰で満たされた荒野の果てを夢見る。私は馬に乗っている。帽子を深く被り、左手で手綱を深く握りしめる。荒野の霧は幾年経てど濃く、晴れることは決してない。仙人掌が点在している。頭に華をいただく人影。荒野が灼熱だった時代を偲ばせる美しい炎熱の花弁。私は馬から降りると、手綱をしっかりと握ったまま、仙人掌に近づく。右手で懐を探り、刃を取り出す。それを花の根元にあてがい、一気に手前へ引いた。花はふわりと風に流れ、私の足元へ運ばれて来る。私はそれを見下ろすだけで、何もしない。ただ、また馬に跨り、それを繰り返すだけなのだ。しかしあるとき、私は手綱を不意に放してしまった。馬は人間からの解放を感じ、自由に駆けだす。私はただ霧の中に一人残され、絶望の叫びを反響の無い荒野に轟かすのだった。そうして、目が覚める。船は未だ湾内にあった。いや、もうここは違う湾内なのかもしれない。異国の湾内かもしれない。だが、私に見えるのは、湾を行く船の前照灯だけだ。街の灯は消えている。私が吹き消したのだ。湾は再び闇に覆われている。

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