皇帝陛下はお亡くなりになりました

しきみ彰

1.公主の犬の死の謎

1-1

(面倒ごとのない生活って、こんなにも穏やかなのね)


 妃嬪の中では一番狭い部屋。

 豪華とは言えない食事。

 質はいいが質素な衣。

 最低限しか働かない世話係。

 皇帝のお渡りのない下級妃嬪。


 後宮内では最底辺とも言える立ち位置で、しかし瑞花ずいかは毎日胸をときめかせながら悠々自適な生活を送っていた。

 それは、彼女が祖国で何かと面倒ごとに巻き込まれていたからだ。


 それも大抵、呪いだの怪異だのという非現実的なことばかり。面倒くさいことにいつも原因として疑われ、最低限の生活を死守するために彼女はいつもそれらの問題を解決せざるを得なかった。


 何より、そういった事件は人間が故意で起こしたか事故で起きてしまったことがほとんどだった。そのせいで逆恨みをされたり叱られたりと、本当に散々な間に合ってきたのだ。


 彼女はただ、書物を紐解きながらわずかな甘味を楽しみ、穏やかな生活を送りたいだけなのに。


 そんな瑞花にとって、日々女同士の争いが起きる後宮などぬるま湯のような場所だ。

 確かに面倒ごとは起きているが、どれも可愛らしいもの。何より下級妃嬪の中でもさしたる扱いを受けていないおかげで、目をつけられるようなことがなかった。

 祖国では考えられない高待遇だ。


 また、下女がつかないのもありがたい。好奇心に身を任せて、後宮内の散策なんかもできるからだ。

 祖国では適当な扱いを受けていたため、自分のことは全て自分でやってきた。そのため別段、身の回りのことで困ることはない。着方が違う衣や違う言語には最初のうちは困ることもあったが、すぐに慣れた。


 だから瑞花はただ、この生活が続くことが望みだったのに。


「瑞花。君に、後宮の問題を片付ける任を与える」


(どうして、こんなことになってしまったのかしら……)


 そう思いながら。

 瑞花は氷のような眼差しで自身を見下ろす、大国で最も高貴な人物を見上げたのだった。

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