海に溺れる海月たち

弥生 あまね

序文

 その存在を、ヒトという。



 一万年後、ヒトに三種の痣が浮かび上がった。


 美しい薔薇模様を描いたそれに、ヒトはゼニスと名付け崇拝した。

 溶け込むような椿を描いたそれに、ヒトはシャドウと名付けた。

 見るに堪えない歪な弧を描いたそれに、ヒトはアビスと名付け軽蔑した。


 単純な話である。


 醜美で形成された世界において、当然秀麗なものは愛慕され醜怪なものは侮蔑される。

 単純だが、どこまでも残酷だ。

 赤子でも解る簡易な道理は、幽冥を侮蔑する対象として相応しいと正当化された。

 醜怪なのだから仕方がない、寧ろ人間と同じ生活が出来ることに感謝すべき。

 そのような風潮は幽冥の咆哮を無視する良い理由になった。


 幽冥は思う。


 まるで正解の無い海底を泳がされているような心地だと。


「いつか正解に辿り着くだろう。それまで決して諦めるな、休むな、歩みを止めるな。」


 確証の無い正解を探し続けろと言われ濃密な海底を泳がされている海月たちに、彼らが渇望する爾今は訪れないだろう。

 水槽にいる限り、囚われ続ける他ないのだ。


 では、その水槽が壊されるなら。


 確証の無い正解が、前例の無い正答になる。

 蓄積された慟哭が、見てくれという翹望が、玲瓏や虚空に留まらずその身を蝕んでゆく。


「今までよく黙殺してくれたな!」


 これは、囚われた水槽の中で定められていた理が歪むまでの御伽噺だ。

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