人魚を助けたら家に住み着かれました

魔王軍の三下

第1話 出会い

 「……ほら起きて、学校遅れちゃうぞ?」


 体が揺さぶられる感覚で目が覚める。


 「おはよう…」


 体は起こさず、頭だけ声が掛けられた方に向ける。そこにはエプロンを着た少女が立っていた。瑠璃色の髪、透き通った碧眼。端正な顔立ち。


 「あ、やっと起きたね〜。ご飯できてるから支度出来たら降りてきて」


 そのまま部屋を出てリビングに向かう少女。


 ……今でも信じられない。同居人が人魚だなんて。


 なんで僕の家にがいるのか。昨日のことを説明したいと思う。





 私立狐火きつねび高等学校。山と海に挟まれ、そこそこにインフラも整っている中小都市の高校だ。生徒数は五百人ほどでそのほとんどが地元の中学校出身である。


 そこに通っている僕。渚乃波和玻なのはかずはは目の前にある二つの答案を見比べてため息をついた。


 「納得できない」


 「まあ勉強で和玻が僕に勝つのは多分無理だと思うよ?」


 僕の前で自慢げに腕を組んでいるのは悪友、もとい幼馴染の来栖慎也くるすしんやである。


 「まあ、計算ミスさえなければ俺の方が点数高いし……、実質僕の勝ちって言ってもいいよね?」


 「ケアレスミスを含めて本人の実力だからね〜()」


 俺が何を言ったところで慎也にとっては痛くも痒くもないだろう。俺はこの後に起こることを想像して憂鬱な気持ちになっていた。


 俺と慎也はよく勝負をしている。内容は今回のようにテストだったり運動だったりと様々だ。……そして、勝負をするということはそれに伴い敗者が生まれるわけで。


 勝った方は負けた方になにか1つ命令できる権利が得られる。……と言っても金がかかるものだったり物理的に不可能なものは無理だ。あくまで高校生にできる範囲で、である。


 「それで?今回は何がお望みで?」


 「話が早くていいねぇ。今回は2つやって欲しい事があるから好きな方選んでよ」


 そう言って慎也はスマホで何かを検索し、写真を見せてくる。


 写真には薄暗い砂浜と海が映っていた。暗くてよく分からないが何故か見覚えがある。


 「これは……千歳海岸?」


 「お、正解。2日前ぐらいにここで人魚が見つかった!ってネットで話題になってたから和玻に見てきてもらおうと思ってね」


 千歳海岸は丁度教室の窓から見える場所にある。普段は行かないが、学校の課外授業でごみ拾いをしたり小学校の時から何かと縁がある場所だ。


 「因みになんで人魚なんだ?千歳海岸で捕まえられたとか?」


 「実際にいるかは別として、そこで撮った写真に人魚が写ってるとか実際に人魚をみたって人がいるらしくてね。ほら、ここら辺」


 慎也に促され写真を凝視してみるとうっすらとではあるが人の形をした何かが海の中にいるのがわかる。


 元々俺はこうゆう妄想のようなものは信じていないんだけど。2次元は2次元。3次元は3次元。そこの区別をしっかりつけているし。……だからこそ俺はまだこの影がただの魚だと思っていた。


 俺が、人魚なんている訳なくない?というような視線を慎也に向けると慎也もそれは考えていたようで。


 「そこがわかんないからこそ見てきて欲しいんだよ。いなかったらいなかったでいいからさ」


 「分かったよ。……そういえばお願いは二つあるって言ってなかった?」


 「そうそう。と言ってもこっちはただのお使い。愛紗が研究で使う薬品を買ってきてくれってことだそうだ」


 「あー、ならそっちもついでにやってくるよ。大して変わんないしね」


 因みに、愛紗というのは慎也の妹だ。強いて言うなら。〝私について来れないから〟という理由で学校には行かず普段から一日中家で何かを開発している。親に無断で家を研究所に改造したり、時々法に触れている時がある気がするが普通の女の子だ。


 「分かった。とりあえず今日の夜にでも行ってくるよ」


 「サンキュな。これで愛紗に怒られなくて済むぜ」


愛紗が怒ると怖いのは身をもって知っているため家族として一緒にいる時間が長い慎也がこうなるのも仕方ないとは思う。だけどそれは兄としてどうなんだ?


 話が一段落付いたところで丁度予鈴が鳴る。海岸で何をするかとかは授業中にでも考えよう。




 現在時刻夜の12時。冷え込むことを予想してベンチコートを来てきて正解だった。海から来る湿っけの多い風が頬を撫でる。1時間ぐらい千歳海岸を歩いて探したが、人魚は見つからなかった。


 「まあそりゃいねぇよな」


 当然こんな普通の砂浜に……というより世界に人魚なんているわけが無い。恐らく慎也の見せてきたあの写真も───証拠がある訳では無いが───サメとかが海岸に近づいてきたのをたまたま目撃したものだろう。


 正直、人魚を見てみたいという気持ちもあった。だがそれは人間として未知のものを知りたいと思う探究心や好奇心の事だ。


 慎也の命令はあくまで人魚がいるかいないを確認することなので別に見つからなくても問題ない。俺はそのまま帰ろうとした。


 だが。


 いたんだ。視界の端に。砂浜に打ち上げられた何かが。


 初めは現実逃避していた。遠目で見た時は奇跡的に僕がいるタイミングで流れ着いた漂流者かなんかだと思った。だけど違う。近づくほど何が打ち上げられたのかがわかる。


「おいおい、嘘だろ」


 信じたくない。これはきっと幻だ。そう思いたかった。だって、ここは3次元だ。……でも目の前にある光景が頭の中で幻ではなく現実だと否定してくる。


 ……そう。打ち上げられたのは、上半身は人間、下半身は魚の尾びれを持つ、神話や童話の世界で語られる人魚そのものだった。

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