トーキョーに行きたい女の子

ハナビシトモエ

二つのねずみ

「東京なんて行っても空気悪いよ」


「でもさー、こーんな島で一生終わりなんてさ。つまらないよ」


「都会のねずみと田舎のねずみの話知っている?」


「なにそれ。動物には関心が無くてさ」


「都会のねずみは高リスクだけど贅沢な生活。田舎のねずみは低リスクだけど質素な生活。私は田舎の方がいいの。だって小さい島だけど、魅力的なところがいっぱいあって」


「高卒で役所勤務ってすごいよ」


「そんなつもりで言ったわけじゃないよ」


「分かっている。でも優秀じゃない私はどう頑張っても役所の職員にはなれない」


「そんなことないよ。今から勉強したら」


「そうね。今から勉強したらあんたの後輩になるかもね」


「敬ちゃん、そんなこと」


「帰るね」

 えりなの声が聞こえないふりをして海岸を自転車で後にした。


「敬子。手伝って、もうお好み焼きにするかたこ焼きにするか。どっちがいいかってお父さんに聞いたら、どっちもっていうんだから」

 お父さんは役所の職員。あと半年でえりなの上司だ。


「だって粉は一緒だろう」

 少し高いところにうちはある。金を出してわざわざ高台に家を建てたとはよく言われるけど、その通りなのでそう言われたら少し気まずそうに笑ってごまかす。


 明治くらいにこの島に来たおおじいちゃんのお父さんが高い土地を買うにばくちをして勝った。名前は真口敬子。博打敬子と皮肉を言われることもある。えりなはこの不幸を知らないふりをして、簡単にここにいろという。本当は知っているくせに。


「敬子、玉子買ってきてよ。繋ぎ無いとダメなのよ」

 坂の下の高梨商店は九時まで営業している。


「高梨さん、こんばんは」


「なんだい。真口と会うなんて不吉だね」


「玉子六個」


「二百円」


「安いね」


「仕入れがうまいのさ。真口、あんたの父親は不倫をしている」

 背中が冷や水を浴びさせられたくらいに寒くなった。

 それくらい知っている。誰だってそうだ。島役場の真口さんって不倫しているのね。

 お母さんはそれを知って許している。お母さんに言ったことがある。何でそんな男といるの? 何で別れないの。


「アンタは早くここから逃げて、東京でも大阪でも、とにかくもうここしか無くならないうちに逃げなさい」


「お母さんも逃げようよ。一緒に東京へ」


「一から人間関係を作るなんて年を取れば取るほど無理よ」


「そんなだって」

 あまりにも辛いじゃないか。


 週末、学校終わりにえりなと海辺を歩いた。

 なんとなく気が向いて、えりなもそうだろう。


「敬ちゃん、ここの海はもう涼しくなるかな」


「そうね。寒くて誰も近寄らないわよ」


「もう一回、海水浴したかったな」


「また戻って来るよ」


「絶対?」


「絶対」


「絶対よ」

 ハリセンボン飲ませてよ。


 甘くて苦いキスをした。私の事が欲しくて、私のお父さんと不倫していること。

 でも私はもう半年後にはいないこと、どれだけえりなが私を欲しくて欲しくてたまらなくても、私はえりなの居場所から去って行く。


 博打敬子と呼ばれ、不倫で出来た子とののしられ、役所仕事で頭が固いと言われ、そんな毎日に狂ってしまうのでは思ったこの島での暮らし。


 私が欲しくて、私のお父さんに手を出した女の子。えりな。えりなのお母さんは私のお母さん。お母さんはもう逃げる事は出来ない。


 この狂った島でゆっくりと老いていく。

 フェリーの見送りにえりなはきた。


「絶対だよ。絶対に一回だけ戻ってきてね」

 私そこまで耐えるから。

 涙で濡れた頬に覚悟を決めた目。お腹が膨らんできた。

 私が好きで私の物にしたかった女の子はあの海でしたキスを最後に目の前からいなくなってしまった。


「じゃあね」


「また」


「うん、またね」

 他の街で海水浴をする度に思い出す。


 あの島の方向を向いて。


「敬ちゃん」

 振り返ると友達が手を振っていた。


「何ー」

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