竜宮に喚ばれた子
木の傘
第1話
霊媒師は、時に言葉で、時に拳で、妖と人間の間に起こった揉め事を収めるのが仕事だ。
霊媒師の家に生まれた俺の表の顔は高校生、裏の顔は霊媒師。
俺には戦いの才能があったらしい。だから俺に回される仕事は全部、言葉が通じない獰猛な妖を鎮めるというものばかりだった。
気付けば——立てば鬼神、座れば閻魔、歩く姿は破壊神の荒くれ者——と、依頼人や仲間の霊媒師どころか、人間を餌としか思っていない妖にさえ恐れられるようになっていた。
そんな俺が、高校二年目の春、顔も知らない女の子に恋をした。
その子の名前は
彼女から送られてくるのは、海の生き物のイラストがあしらわれた可愛い便箋。
丸くて可愛い女の子らしい文字や、彼女の方が俺より大変な状況のはずなのに、俺を気遣ってくれる優しさに惹かれた。
気付けば、仕事と関係ないやり取りも増えていた。依頼を引き受けた霊媒師としてではなく、ただの高校生として、彼女の姿を一目見たいと思い始めていた。
恋に落ちたんだ。顔も知らないのに……。
今時文通? と、事情を知らない人は思うかもしれない。でも、彼女には電子機器が使えない理由があった。
今日初めて彼女の家を訪れて、その理由を理解した。玄関に足を踏み入れた瞬間、スマホは霊障で使い物にならなくなった。
「朱さん、無事か!?」
ご両親に案内された座敷の襖を開け放ち、目に飛び込んできた景色に絶句する。
藻の生えた亀、骨の魚、座布団並みに大きなヒトデ、真珠の代わりに目玉を抱える貝——座敷を埋め尽くすほどの妖の大群が、彼女に取り憑き、覆い隠していた。
朱さんは、伯父から紹介された依頼人。
文通を通して、彼女が妖に取り憑かれていることは知っていた。伯父と協力して、俺がここに来るまでの間、妖の被害はできる限り抑えられるよう手は尽くした。
でもまさか、これほどの量とは……。
なかなか骨が折れる仕事だ。しかし、俺は霊媒師として、何としてもこの霊障の原因を特定して、取り除かなければならない。
俺に回される案件に関わる妖のほとんどは、人間を餌としか思っていない。俺が何かを間違えれば、俺の命どころか彼女の命も危ない。だから絶対に、失敗は許されない。
だというのに……。
「妖が多すぎて、朱さんが全く見えねぇ……」
仕事に失敗した訳じゃないのに、落ち込んでいる俺がいた。
「
妖の大群の中から、俺の名前を呼ぶ朱さんの声が聞こえた。彼女の声は、想像よりずっと可憐な響きだった。
「嬉しい。本当に来てくれたんだ」
俺も会えて嬉しい——とは、言わない。
彼女の『嬉しい』は、霊媒師の俺に会いたかったという意味だ。求められているのは、表の顔のただの高校生の俺じゃなくて、裏の顔の霊媒師としての俺なんだ。だから、変に期待するんじゃない。
ここは自然に返事しよう。
「し、し、仕事だからな」
……噛みまくった。
「来てくれてありがとう、輝飛君」
名前を呼ばれただけで高鳴る気持ちを抑え、まずは安否確認をする。
「朱さん、どこか痛む場所は?」
「大丈夫。でも、体が重くて……」
「妖は人間の気を吸う。気っていうのは、生命力の事だ。体がだるいのは、朱さんの生命力がこの部屋にいる妖達に吸われている所為だ」
そう言いつつ、俺は掌を妖の大群にかざした。
「この身を依り代にする
掌から放った眩い光は、期待していた通りに妖達を驚かせ、部屋の外まで追い払った。室内だから威力は抑えたが、十分だろう。
この機を逃さず俺は部屋に結界を張り、妖から朱さんをこの部屋ごと隔離した。
「い、今のは?」
「何でもねぇよ。俺の式神に妖を追い払う手伝いをさせただけだ」
「式神?」
「俺に取り憑いている妖のことさ。雷獣っていう、雷を操る力を持つ妖なんだ。気を食べさせる代わりに、雷獣の雷を操る力を貸して貰ってるんだよ」
「すごい! 魔法使いみたい」
「た、大した事ねぇよ」
さりげなく片手で頬を押さえ、ニヤケを誤魔化した。平静を装いつつ、彼女が寝ているベッドへと歩み寄る。
「それより、体の調子はどうだ? 今ので少しは良くなったんじゃないか?」
「うん。ここ最近で一番いいよ。ありがとう」
そう言って起き上がった彼女の頭は、エチゼンクラゲみたいな妖にすっぽり包まれていた。
……何だこのクラゲ。朱さんが俺に微笑んだ気配がしたのに、こいつの所為で全く見えねぇぞ。
「あ、パジャマのままでごめんね」
俺の視線をどう解釈したのか、恥ずかしがる彼女。
だがしかし、顔が、見えない!
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