謎のナイフ
「……」
一瞬にして、幾多もの衝撃により精神をへし折られた赤亡。
「ぐ…おえっ」
思い切り嘔吐する赤亡。
「はぁ…落ち着け、赤亡。説明してやっから」
「ゲホッゲホッ…は?説明?」
赤亡は訝しむ。
当然だ、歴史に残るほどの惨事の渦中で、親しい友が落ち着き払っているのだから。
「まず、左手の甲に傷が入っただろ?」
「え?あぁ」
酷い吐き気はまだ残ったままだったが、親友を信じて従う。
「多分そっから出てくるはずなんだが」
「出てくる?何が?」
赤亡の疑問はすぐに解消される。
傷口から、光の粒子が溢れ出し、何かを構成し始めたのだ。
「あのバカが…」
怨野は忌々しげに舌打ちをする。
「“あの”…?怨野、さっきの奴のこと知ってるの?!」
「ああ」
怨野はため息をつき、頭を押さえる。
「あいつは吸血鬼だ。俺もだけどな」
「…え?」
唖然としたが、すぐにその表情は怨野への疑惑に染まった。
赤亡は怨野の胸ぐらを掴む。
「な…何言ってるの怨野?今ふざけてる場合じゃないでしょ?」
「ふざけてねえよ。そもそも俺があいつに依頼したんだ。まさか通行人を皆殺しにするとは思わなかったけどな」
至って真面目に語る怨野に、赤亡は困惑する。
「吸血鬼?依頼?怨野、冗談が過ぎるよ?厨二病なら今すぐ――」
「じゃ、その光はなんて説明をつけるんだ?俺の目的はそっち、お前を
「刃血鬼…?」
似つかわしくないタイミングで、聞き慣れない単語。当然の如く、赤亡は混乱する。
「吸血鬼の亜種だ。吸血鬼と違って牙もなければ瞬間移動も使えない。だが、十字架や大蒜で弱ったりしない上、多機能なナイフが無限に生成できる。その光ってるやつがナイフだな。お、形成されたっぽい」
赤亡が視線を向けると、確かにそこにナイフがあった。
「浮いてる…?ってか、形成って――」
「とりあえず手に取れ。何もわからん」
怨野の指示のまま、赤亡はナイフを掴んだ。直後、ドクンと赤亡の心臓が大きく躍動する。
「がぁぁっ…!」
頭を押さえてうずくまる赤亡。目は血走り、その口からは涎を垂らしていた。
(頭が…焼ける…)
人という存在の、生きた証を全て無にしたいという最悪の欲望。それに脳を支配された赤亡は、最早人ではない何かと成り果てていた。
「まー成功だな。後は俺が持ちこたえるだけ。刃血鬼化は副作用がクソなんだよ」
怨野は面倒くさそうに呟く。
「別に騙す気はなかった。たまったま友だちになったお前が、たまったま刃血鬼の素質があったから刃血鬼化させただけなんだよ。ま、怨むなら怨め」
「ゔゔぁぁぁ…!」
理性を失っている赤亡に向き合い、怨野は思い切り刺突を受けた。
ナイフが鳩尾に深々と刺さる。
「半分刃血鬼化してっからな、これは効くぜ…」
赤亡はナイフを勢いよく引き抜き、立て続けに何度も、何度も刺した。
怨野が一切抵抗しなかったせいか、いつの間にか赤亡は馬乗りになり、ひたすら怨野の心臓の付近を抉っていた。
「やべえ…段々刃血鬼になってんな。痛みが増してきた」
痛みに比例し、出血量も増えていく。
怨野が強化できるのは攻撃力だけであり、防御力の増加は一切無い。それをよく分かっているからこそ、
「やっぱあのバカに頼めばよかったぜ」
と、今になって怨野は後悔しているのだ。
数十回は刺された後、疲れ果てた赤亡が意識を取り戻した。
「はぁ…はぁ…」
「危ねえ…生きてた」
当然、同族と化した赤亡に何度も刺されれば、怨野もただでは済まない。両者共に満身創痍の中、口を開いたのは赤亡だった。
「え…?何、これ…怨野?」
みるみる顔が青ざめ、また歪んだ赤亡。
鳩尾、胸、腹部の三箇所に痛々しい傷口と、しっかりと目に焼き付けられた鮮血と全く同じ色のそれ。一瞬だけだが自我を飲み込まれていた彼は、現状と記憶が噛み合わずパニックを起こしていたのだ。
「大丈夫大丈夫。しっかり生きてっから。とりあえずそこ降りてくんねえ?」
「え…あ、ごめん」
すぐに怨野から降りる赤亡。
「多分それで刃血鬼化は完了した。知り合いがいるんで、とりあえず迎えに来てもらうよう頼んどいた」
「知り合い?でもこんな状況で」
「刃血鬼だ。詳しいことは全部そいつ…いや、あいつらが教えてくれるはずだ。俺は疲れた。ここに俺のナイフ置いとくから、持ってってくれ、復活する」
「え?復活?」
訳のわからない言葉を口走り、怨野は死んだように眠った。
「…お、いたいた」
謎の声が上から聴こえた。
「そー…りゃっ!」
声の主は、人間業ではない速度で赤亡の腕を掴み、上空へと舞い上がった。
―――
「うわぁぁぁ!!」
「ちょ、暴れないでよ。落ちるよ?」
声の主、真っ黒な服――いや、それは服というべきではない。
現代の技術ではおおよそ見ることがない、光という光を遮るような服。
(え?女?)
赤亡が驚いたのはそこではない。肩幅からして男性だと思っていたにも関わらず、中から聞こえたのは気怠げな女性の声だったからだ。
「ちょ、なんですかこれ!」
「暴れないでって。ちょっと落ち着いてよ、下手したらこのまま焼け死ぬよ?」
「焼け――」
言葉の真偽を今まさに問おうとしたとき、赤亡の頭によぎる怨野のセリフ。
「刃――血鬼」
「そそ。あんなでも教えるとこは教えてるんだね。ちょっともう質問は受け付けないよ、詳しいことは全部アジトで受け付けるから」
「あなたは――」
「うーん、確かに名前すら言わないのはまずかったかも。私は
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