湧き上がる怒り
「……うそ、置いて行かれた——の?」
俺が「逃げた」という言葉を口にしたせいで恐怖が絶望へと変わり、その絶望は取り残された者たちに伝播していく。
「はは……。夢でも見てんのか——?」
絶望に染まった空間の中で、俺は乾いた笑い声を上げた。
何に怒ればいいのか、何が悪いのか、責任ばかりを追い求めていく。
聖剣を持っているくせに逃げ出したクルトが悪いのか——。
それとも、その程度のクルトに実力で負けた自分の弱さが悪いのか——。
あるいは、期待に応えようとしたこと自体、そもそも間違っていたのか——。
「——ふざけんなよ」
追い求めた結果、出てきた言葉がそれだけだった。
それをこの場で、この状況で言っても何も変わることが無い。
何がふざけているのか、自分で自分に問い正したいくらいに意味が無い。
——いや、少なくとも。何がふざけているのかを俺は知ってるはずだ。
「なに……やってんだよ——ッ! クルト‼」
身体が怒りで打ち震えていく。心音が煩いくらいに脈を打ち、体温が急激に上がっていく。
——お前は俺に勝ったんだろうが。——圧倒的な力の差を見せつけて。
それでいて「僕には守るものがある」と格好つけて言いやがって。
——だったら、置いて行かれたこいつらは何なんだよ。
守る価値が無いとでも言うのか⁉
偉そうに説教垂れやがったくせにッ。
「君はもう、僕には勝てない」とかふざけたこと抜かしたくせに——ッ。何で——ッ‼
「なんで、お前が……ッ! ——真っ先に逃げだしてんだよ‼」
怒り、怒り、怒り——決して治まることの無い憤怒が、手に持った剣を震撼させる。
その怒りの衝動を、剣に乗せ、構え、目の前の魔物にぶつける。
***
たった一撃——ただそれだけで、鉄壁の鎧を身に纏った魔物は吹き飛んだ。
痛みはない、傷もついていない。
——だが、吹き飛ばされてなお有り余る衝撃が、得体の知れない恐怖を煽る。
鉄壁の鎧を持つが故に感じることの無かった身の危険が、濃密な死の香りとなって。
***
吹き飛んだ魔物が体勢を立て直し、俺を睨みつけて威嚇の咆哮を上げた。
その威嚇がとても人間臭く感じたのと共に、既に無くなったはずの自信に再び火をつける。
「——上等だ。お前を殺して、俺がアイツより上だってことを証明してやるよ」
湧き上がり治まることのない怒りを携え、剣を構え、リザドランを討伐するべく突撃をかました。
◇
硬い——あまりにも硬すぎる。いくら攻撃しようと弾かれ、手が痺れるだけだ。
だが、それに構わず剣を振るう。上から振り下ろし、弾かれ、今度は横に薙ぎ払う。
もはや武器が剣である必要はないほどに、魔物を殴り続けていく。
周囲にいる技師や生徒に魔物の攻撃が向かないよう、注意を払いながら。
「————!」
極限の集中状態に入っているのか高揚感を感じ、雑念など一つも聞こえない。
風切り音、県が弾かれる音、魔物のうめき声——戦闘に必要だと感じるもの以外の音が、無意識に俺の耳へ届かなくなっている。
「——い、——ちゃん!」
そんな感覚の中、誰かを呼んでいるのであろう声が朧げに聞こえた。
「——おい! あんちゃん!」
「……どうした」
呼びかけが俺に宛てられたものだと気づいた時には、高揚感は感じなくなった。
技師の一人が俺を呼んだことで集中力が切れたのだろう。
「わりぃ、邪魔するつもりはなかったんだが——。穴を塞ぎ終わったってことは伝えとくべきだろう?」
「終わったのか……? ——上出来だ」
間近で戦闘が行われている最中、ずっと開いた穴を塞いでいたとは大した度胸だ。
ともあれ、穴が塞ぎ終わったのであれば技師の役目は終わりだ。
これで、技師たちをこの場から撤退させてやることが出来る。
「俺がこいつを引き付けている間に、アンタらは王都に戻れ」
「いや、だが……いいのか?」
「このままコイツと戦ってもジリ貧になるだけだ。それに、剣にもガタが来てる。時間稼ぎできたとしてあと数分だ。——だから、そこの座り込んで動けない奴らを連れて早く戻れ」
言いながら、リザドランの爪による攻撃を弾く。その一回でもかなり剣が悲鳴を上げているのが分かった。
「あんちゃん——死ぬつもりじゃねぇだろうな……?」
「……あぁ、俺が殿を務めてやる。感謝しろよ」
俺が言ったとおりに、技師たちは未だに動けていない生徒を荷車に乗せて走り出した。
当然、リザドランは荷車を攻撃するだろうが、俺がその攻撃を防げば難なく通れる——。
——だが、その想定通りにはいかなかった。
標的になった事で錯乱した生徒が投げつけた、荷車に乗っている余り物のマテリアルによって。
幸か不幸か、投げつけられたマテリアルがリザドランの視界を奪う。
直後、視界を奪われたリザドランは手当たり次第に暴れだした。
「——止まれッ!」
予想外の出来事に叫んで危険を伝えたが、ちょうど速度に乗り始めた荷車が急停止するはずもない。
暴れまわるリザドランへと突っ込んでいく——。
無作為に振られた尻尾が、荷車を押している技師ごと横薙ぎにしようとする、その瞬間。
俺は荷車と尻尾の間に体を滑り込ませ、荷車を押し戻す。
そうして荷車を守ることの引き換えに、俺が魔物の攻撃を食らうことになった。
「——ガハッ‼」
受け身の姿勢をとることも出来ず、まともに攻撃を食らった俺は壁に叩きつけられた。
激痛が電流のように全身に奔り、危うく俺は意識を失いかけた。
風前の灯のごとく、消えかけの意識を辛うじて保ち、自分の現状を確認するべく視線を落とした。
「——ぁ」
そうして目に映った惨状に驚き、声を上げ——ることは叶わない。
青紫に変色した上半身。それに加え胸が引き裂かれて、その切り口から血が滝のようにとめどなく流れてくる。
————死んだ。
それを意識した瞬間、全身から力が抜けていくのを感じ、俺は目を閉じた。
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