敵前逃亡




 アレの姿を見た瞬間、今の僕たちには勝てないと直感が訴えてきた。

 聖剣を覚醒させたとはいえ、まだろくにコントロールできていない状態でリザドランに勝てるはずがない。そんなの分かりきっている。


「ねぇ、クルト君。本当に置いてきて大丈夫……?」

「——あ、あぁ。大丈夫だよ。今の僕たちじゃあの魔物には敵わない。だから、すぐ王都に戻って援軍を呼んだ方がいい」


 そう言ったものの、援軍なんて呼ぶつもりは無い。というか、呼んだとしてもすでに手遅れだろう。それこそ騎士団長くらいしか、あの魔物の相手を出来ない。

 

 リザドラン——その強さは、先日の王都周辺に現れたグロウハウンドなど比にならない。

 そしておそらく、あの個体は通常じゃない。通常個体に比べて鱗の色が赤みがかっていた。 


 本で得た知識通りなら、繁殖期のメス個体だろう。


 通常個体よりも気性が荒く、攻撃的になる。それに加え、養分として鉱石を普段より多く摂取するようになって、鱗の暑さが倍以上になる。

 そんな魔物を前にしたら、逃げることが最善なのは間違いないだろう。


 ——だから、僕は何も悪くないんだ。あの魔物から逃げたとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る