裏切り者
「……この間の話? いったい何時の、どんな話だよ」
俺はやたらと具合の悪そうなシラにそう聞いた。
「————ヘルスエイドになろうって話」
「あぁ、それか。……いや、待て。俺はその話一回断ってるはずだよな」
グロウハウンドを倒した後、シラにそんな話を持ち掛けられたのは覚えている。たしか、各地を転々として医者の真似事をするやつ——だったか。
「——そう、だね。一回断られてるけど……諦めたくないから。だから、もう一回聞いたの」
「何度聞かれても答えは変わらない。俺はやらないから——」
「お願い——ッ‼」
不意に大声を出したシラに、俺の返答は遮られた。
「本当に——もう……嫌なの」
いったい何が嫌なのか俺にはさっぱり分からないが、思い悩んでいる事だけはなんとなく分かった。だからこそ、どう返したらいいものか分からない。
そもそも、この間会った時とは雰囲気がまるで違う。
この間は、冗談ばかり言うめんどくさい奴——だと思ったが、今日は一つの冗談も聞いていない。そればかりか、今みたいに重苦しい雰囲気を時々感じさせてくる。
そんなシラの態度が、俺の信用をどんどん下げていく。
「——お前、嘘ついてるだろ」
挙句、俺は率直にそう聞いた。
「一カ月前と今日じゃまるで別人だ。本当に人が変わっているのか聞きたいぐらいにな。だから俺は、お前を信用してない」
「——違う! 嘘なんてついてない! 一カ月前も今も私の本心だよ——ッ?」
「勘違いするな。俺はお前が嘘をついていようが本心だろうが興味はない。ただ、お前と俺のやりたいことが違うってだけだ。……俺は魔物を殺す、お前は人を助けたい。だから互いに自分のやりたいことをやればいいだろ」
「————ッ!」
俺がそう言うと、シラがその目に涙を浮かべた。——だが、その涙すら信用できない。仮に、やりたいことが同じだったとしても、俺はシラと行動を共にすることはないだろう。
「私一人じゃ出来ないから——だからきみに頼んでるんじゃん……!」
「だったら諦めろ。どうせ続かない」
「私に人の傷を治すことは出来ても、魔物となんて戦えないの! だから——」
「だから俺の力を利用すると? 図々しいな。お前の努力不足だろ。人を助けるには癒すだけじゃ足りない。敵を倒す力が無かったら問題の先送りでしかない」
いつの間にか座り込むシラに寄り添っているクルトとラビにも向けて言う。
——ちょうどいい、クルトの奴も力がないくせに人を守ると言っていたバカだ。この機会で教えてやればいい。
「つまり結局のところ、自分を守ってもらいたいだけだろ? 人を助けたいだのなんだの言って、志が同じやつに寄生しようとしてるだけだ。そんなヤツらに俺が力を貸す訳ないだろうが。自分でやれ」
「————そこまでだ」
そう言い終えたところで、クルトがシラを庇うように俺とシラの間に割って入った。
「ユーリス……君とシラ先生の間に何があったのかは知らないが、それ以上先生を貶すのであれば僕が許さない」
「貶す——? バカかお前は。事実を教えてやっただけだろうが」
「いや違う。人を助けるというシラ先生の志を君は否定したんだ。それは貶している以外の何にもならない」
そう言い放ち、クルトは俺に剣を向けてきた。その後ろでラビも警戒態勢を取っている。
「——俺より弱いお前が……。俺に剣を向けても威圧にならねぇよ」
「アンタって強い弱いの判断基準しかないわけ……? バカなのはアンタでしょ」
ラビがそう言ったことで、俺の怒りが限界へと近づいていく。
「強い弱いの判断基準しかないのは当たり前だ。弱い奴は強い奴に淘汰されるのが自然の掟だろ。人を助けるなら向かってくるものを全て返り討ちにできるよう、最強になるしかない」
「——ふざけないでよ! 弱い奴は淘汰されるのが当たり前⁉ だったらアンタは何、最強なわけ⁉ そんな証拠どこにもないくせに偉そうなこと言ってんじゃないわよ‼」
そうやってラビが怒鳴ったことで、ワラワラと人が路地に集まってきた。
まぁ無理もない。これだけ騒げば何事かと人が集まるのは当然だろう。
「だったらお前がクルトに代わって俺に剣を向ければいいだろ? ……聖剣の後ろでキャンキャン喚きやがって。寄生虫風情は黙ってろ」
そんな衆目の中、俺はためらいなくラビに言い返した。途端、人の集まりがざわつきだしていく。
「——彼女に謝れ」
「……は? クルト、お前——今なんて言った?」
「彼女に謝れと言っているんだ——ッ‼」
謝る? 俺が? ラビに? 何を——?
俺はただ事実を言っただけだ。お前らが目を背けている事実を指摘してやったんだ。
それに感謝されることはあっても、なぜ俺が謝らなきゃいけない?
そんな疑問は、クルトの口から発せられた言葉ですぐに解消された。
「シラ先生のことを貶すだけじゃなく、ラビまでも寄生虫風情と呼び捨てて——君は人間じゃない! これ以上彼女たちを侮辱するのであれば、僕はここで君を斬る——!」
クルトが言い、それに呼応するように聖剣が青色の光を帯びていく。
どうやら、本気で俺のことを斬ろうとしているのは間違いなさそうだ。
「フッ——、ハハハ! お前が俺を斬る? 出来るわけないだろうが! 俺の攻撃を受け止めるので精一杯のお前が! 聖剣を持っていたって相手にならねぇんだよ‼」
クルトが俺に勝てると思っていることに、俺の怒りが頂点に達して剣を再び抜いた。
そんな一触即発の雰囲気に、観衆も一斉に騒ぎ出した。ヤジを飛ばす者、悲鳴を上げる者、騎士団を呼びに行く者——。
そうして出来上がった、収拾のつかない狂乱の中で——、
「——え。ちょっとユーリス君⁉ 何やってんの⁉ ——ってクルト君まで⁉」
「——チッ」
「……プリック君。これにはちょっと事情があってね——」
プリックの乱入により熱が冷めたのか、クルトが聖剣を鞘に戻した。
「——邪魔するなよプリック。お前の邪魔が入らなければ、俺がそいつより強いことを証明できたところだったんだぞ」
そう言いながらも、俺も剣を鞘に戻す。すると観衆も興が冷めたのか、徐々に散り散りになっていった。
「——あのさ、ユーリス君。証明するだけなら、こんなところでするんじゃなくて御前選定戦まで待てばよかったじゃん……。今ここでする必要ないよ……」
「——そうだね。プリック君の言う通りだ。御前選定戦で決着をつけよう」
そう言ってクルトは未だ座り込んだままのシラを立たせると、ラビと共に三人で立ち去って行った。
「——君が謝るまで、僕は君を許さないからな」
その場に立ったままの俺へ、すれ違いざまに宣戦布告をしながら。
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